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Bill Evans「Noelle’s Theme」(アルバム:The Paris Concert: Edition One)

「ピアノに人生を賭けた男の捨て身の美しさを堪能できるピアノソロ」

今回はビル・エヴァンス「ノエルズ・テーマ」(Album『ザ・パリ・コンサート・エディション1』)をご紹介します。

本日のおすすめ!(Today’s Selection)
■アーティスト名:Bill Evans
■アーティスト名カナ:ビル・エヴァンス
■曲名:Noelle’s Theme
■曲名邦題:ノエルズ・テーマ
■アルバム名:The Paris Concert: Edition One
■アルバム名邦題:ザ・パリ・コンサート・エディション1
■動画リンク:Bill Evans「Noelle’s Theme」

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ビル・エヴァンス「ノエルズ・テーマ」(アルバム:ザ・パリ・コンサート・エディション1)ディスクレビュー

こんにちは。おとましぐらです。(プロフィールページへ

なぜビル・エヴァンスをこの曲から紹介するのかと、いぶかしく思う人もいると思います。

なぜならこの人には有名曲、名曲が多いのですが、この曲にはほとんど触れられることがないからです。

このアルバムでも「マイ・ロマンス(My Romance)」や「アイ・ラブ・ユー・ポーギー(I Loves You Porgy)」などについて触れられることが多いです。

またロックファンからは1曲目にポール・サイモン(Paul Simon)の「君の愛のために(I Do It for Your Love )」が入ってい入ることで知られているアルバムです。

しかし私はこの曲を偏愛しています。

この人はバド・パウエル(Bud Powell)、セロニアス・モンク(Thelonious Monk)と並ぶ、ジャズ・ピアノの三大巨人の1人です。

しかし一方でその実力に疑問を呈する人が多い人でもあります。

私がこれまで聞いてきた意見の1つめは、黒さに欠け明快なタッチやノリがない。だから気持ちよくノレないというものです。

しかしこの人のもともとそういう人ではありませんから、それを彼に求めるのは酷というものだと思います。

2つめの意見は耳を傾ける必要があります。

確かにこの人は美しくクリエイティヴなジャズピアノの可能性を切り開いた人です。

しかしその切り開いた方法論の上で活躍する、いわゆるビル・エバンス派の優秀な後続に比べると、劣るのではないかという意見です。

Amazonのレビューにもミシェル・ペトルチアーニ(Michel Petrucciani)との比較で、このアルバムに低評価を付けている人がいました。

確かに私もその比較では分が悪いと思わないでもありません。

ミシェル・ペトルチアーニはビル・エバンス派と言われて、とても音が美しい人です。

その一方でアドリブのクリエイティビティやアップテンポの曲のドライブ感や力強さを兼ね備えています。

晩年のエヴァンスもそういう演奏が多くなりましたが、それをミシェル・ペトルチアーニが引き継いで完成させた感があります。

しかしそもそも晩年のエヴァンスの演奏は、どこかおかしかったと思います。多くの人が言っていますが、私もそう思います。

無理をしている感じがありありと漂い、元々病的に内気な人でしたが、晩年の演奏には得も言われぬ破滅と孤独の影がつきまとっています。

そして改めて思うのです。

純粋な演奏力ではエヴァンスを上回るかもしれないミシェル・ペトルチアーニであっても、本当にビル・エヴァンスの域まで達することができたのだろうかと。

すべては恋人エレインの死から始まった

私は何か歯車が狂い始めたのは1973年だと思います。

当時ビル・エヴァンスは、コンサーツ・バイ・ザ・シーというジャズ・クラブで知り合ったエレイン・シュルツという女性と交際していました。

2人は12年もの間夫婦同然に暮らしていましたが、内縁関係のままで結婚はしていませんでした。

しかし1973年にエヴァンスはネネット・ザザーラという女性と結婚する為に、エレインに別れ話を持ちかけました。

エヴァンスは子供を欲しがっていたようですが、エレインは子供が産めない身体だったようです。

愛し合っているから別れられないでずるずると引き延ばしていたけれど、それを振り切って別れを選択したのです。

エレインはそれを受け入れましたが、エヴァンスが立ち去った後に地下鉄に投身自殺をしてしまいます。

「インチュイション(Intuition)」収録の「ハイ・リリ、ハイ・ロウ(フォー・エレイン) Hi Lili, Hi Lo (For Ellaine)」は、そのエレインに捧げた曲です。

Bill Evans「Hi Lili, Hi Lo (For Ellaine)」

エレインに捧げた曲で「こんにちは リリ」ってタイトルは、少し壊れてきていないでしょうか。

エヴァンスはその死にショックを受けて、ドラッグに手を出すようになります。

1975年に待望の息子が誕生しますが、エヴァンスの心は蝕まれてきていました。

1977年にまた事件が起こります。兄ハリーの自殺です。

ビル・エヴァンスの代表曲である「ワルツ・フォー・デビー(Waltz for Debby)」は、兄の娘デビーが3歳になった時にお祝いで贈った曲です。

エヴァンスはまたも大きなショックを受けてしまいます。

「ウィ・ウィル・ミート・アゲイン〈We Will Meet Again (For Harry)〉」という曲を兄に捧げます。

Bill Evans「We Will Meet Again (For Harry)」

「We Will Meet Again」つまり兄に向けて、また会おうと呼びかけているのです。

エヴァンスはピアノトリオのメンバーがよく変わるようになります。ついには良き理解者であるエディ・ゴメスまでもが彼の元を去ります。


緩慢な自殺と言われた晩年期について

このアルバムの録音は1979年11月26日です。ビル・エヴァンスは1980年9月15日に亡くなっていますから、もう死の影が見えてきている時期です。

この頃はもうネネットや子供たちとも別居し、若いウェイトレス、ローリー・ヴェコミンと交際していました。

晩年の証言を引用しておきましょう。

歌手のトニー・ベネットはビルが死ぬ少し前にビルと電話で会話した。そのときビルは言った。
「美と真実だけを追求し他は忘れろ」

彼が喀血したとき一緒にいた、そして彼を看取った、年若い恋人ローリーの言葉。
「私は救われた気分で幸福だった。だってビルの苦しみが終わったんだもの」

ビル・エヴァンス、美と真実とDUG – – 山口路子World

死因は肝硬変と出血性潰瘍による失血性ショック死です。

晩年は周囲がどんなに言っても病院に行かず、治療を拒否していたそうです。

その為彼の死は緩慢な自殺と呼ばれています。

「ノエルズ・テーマ」はシドニィ・シェルダンの「真夜中は別の顔(The Other Side of Midnight)」の映画で使われた曲で、ミシェル・ルグラン(Michel Legrand)の手によるものです。

晩年の彼はこの曲をよく演奏していました。

ノエルというのはその映画に出てくる美貌を武器にして数々の男を踏み台にしてスターになっていく女性の名前です。

しかし彼女の心の中にはいつも、自分を捨てた男への激しい愛と憎しみがありました。

彼はその映画を見て、ロレインと自分を重ね合わせていたのではないでしょうか。

彼は生真面目であるものの昔ながらのジャズメン気質で、ドラッグや女にだらしない人でした。ジャンキーだったから、歯もボロボロだったそうです。

ただ音楽には人一番忠実でした。寡黙で人一倍内気なこの男は、なんでもかんでも音楽で表現していました。

兄の娘が誕生日になったら嬉しくて曲を贈って、大切な人を失ったらその都度演奏で悲しみを表現しています。

自分の人生そのものを、ピアノで表現しようとしていました。

その喜びや悲しみがはっきりと音にも表れてしまっていることが、エヴァンスの音楽に説得力を加えているように思います。

この曲のどこがすばらしいのか

よくビル・エバンスのピアノは美しいと呼ばれます。

確かに美しいことは間違いありません。しかしその美しさは内省的な美しさであると思います。

彼の音楽の本質は自己没入感ともいえるもので、たとえば有名な「マイ・フーリッシュ・ハート」などは、他の人には再現するのが難しいかもしれません。

実際にいかにもエヴァンスのバージョンを踏襲したであろうその曲の演奏を何度か聞いたことがありますが、あそこまで美しくはなりません。

自己没入の度合いが違います。

ここまで深く自己没入できるピアニストは他にいません。ビル・エバンスの美しさには、その深さによってはじめて生まれる凄みがあります。

今回ご紹介する曲は、内気すぎる男がどんどん自己の中に没入していく瞬間をとらえた、ある意味ドキュメンタリーともいえる演奏です。

晩年の彼はいかにも無理をしているような痛々しい演奏が多かったと思いますが、この演奏などは若い頃のままです。

演奏は少し散漫な始まり方をしますが、これはいつものエヴァンスの特徴です。

この人の音楽は最初は少しとりとめがない感じが多く、しかし弾いている内により深いところに潜っていきます。

この演奏では死の一歩手前で遊んでいるような軽やかさも感じられますが、時々情熱的な一面をのぞかせます。

この曲での自己没入の末に見つかった情熱の向かう先は、自らの死への欲望であったかもしれません。

早く楽になりたいという気持ちと、いつまでもピアノを弾いていたいという気持ちとがせめぎ合っているような演奏のように感じます。

この曲の頃の彼は、治療を拒んでいた為症状が悪化していました。

最晩年は指が倍ぐらいに腫れあがっていて、ピアノを弾くと隣のキーまで押してしまうような状態でした。

トリオのメンバーが演奏を出演を中止しようと懇願しても、彼は拒みつづけました。

ようやく病院に運び込まれた時には、医者もあきれるほどの手遅れだったようです。

晩年の写真を見ると随分年をとったなと思いますが、まだ51歳だったのですね。

この人にはもうピアノしか残されていないように感じたのかもしれませんが、その生きる目的であるピアノを弾くことすら奪われようとしていました。

先程のトニーベネットに対する言葉は、自分に言い聞かせていた言葉ではないでしょうか。もう美しさのことしか考えないと。

3:49ぐらいから5秒ほど聞かせてくれる一瞬の美しさは、決して聞き逃すことができないものです。

自分はもう長くないと悟った男の残した捨て身の音の美しさを、ぜひご堪能ください。

引き続きこのアルバムのAmazonレビューを読んでみたい方や、ご購入をお考えの方は、下のリンクからお進みください。


Paris Concert Edition One by BILL EVANS (2013-07-30)

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