「ありあまる才能を持ちながらフィリーソウルの裏方として支えた人が放った渾身の一曲」
この人は、曲の提供とプロデューサーとして、長年活躍してきた人です。
中には裏方で働く人の中にも、ありあまるほどの音楽的才能を持っている人もいます。
たとえばこの人のように。
今回はそういう人が表舞台に立って、実力の片鱗を垣間見せた曲をご紹介します。
本日のおすすめ!(Today’s Selection)
■アーティスト名:Bunny Sigler
■アーティスト名カナ:バニー・シグラー
■曲名:Things Are Gonna Get Better
■曲名邦題:シングス・アー・ゴナ・ゲット・ベター
■アルバム名:That’s How Long I’ll be Loving You
■アルバム名邦題:ザッツ・ハウ・ロング・アイル・ビー・ラヴィング・ユー
■動画リンク:「Things Are Gonna Get Better」
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バニー・シグラー「シングス・アー・ゴナ・ゲット・ベター」(アルバム:ザッツ・ハウ・ロング・アイル・ビー・ラヴィング・ユー)ディスクレビュー
こんにちは。おとましぐらです。(プロフィールページへ)
今回は1974年のフィリーソウルからご紹介します。
フィリーソウルとは、フィラデルフィア・ソウル(Philadelphia Soul)のことです。
フィラデルフィアにあるシグマ・スタジオ(Sigma Sound Studio)を拠点として作られた、一連の都会派ソウル・ミュージックを指す言葉です。
フィリーソウルには、分かりやすい特徴があります。
シグマスタジオのハウスバンドである、MFSB(Mother Father Sister Brother)のストリングスやホーンが、とても大きくフィーチャーされています。
この曲でも、イントロからその特徴が出ています。
フィリーソウルは、ケニス・ギャンブル(Kenneth Gamble)とリオン・ハフ(Leon A.Huff)という、ギャンブル&ハフ(Gamble and Huff)がつくり出した音楽です。
この2人が設立したのが、フィラデルフィア・インターナショナル・レコード(PIR)というレーベルです。
RIPはフィリーソウルの総本山と言われています。
フィラデルフィア・インターナショナル・レコード(PIR)の裏方として
今回ご紹介するバニー・シグラーは、トム・ベル(Thom Bell)など並んで、RIPの屋台骨を支えていた1人です。
バニー・シグラーはRIPで曲の提供とプロデュースを担当することが多く、いわゆる裏方の役割でした。
あまり知られていませんが、この人は様々な楽器をこなすことができる、マルチ・インストゥルメンタリストでもあります。
要するに多彩な才能を持っている人です。
ただ元々彼はシンガーでした。
彼は幼少の頃から教会で歌い始め、兄弟や友人たちとOpalsというドゥーワップグループを結成しています。
その後音楽キャリアを重ねるにつれて、ピアノなど複数の楽器を習得し、曲を書き、裏方としての才能を開花させています。
彼の多才で器用なところが、これから成長しようとしていたRIPにおいて、とても大きな役割を果たしていました。
その裏方仕事の合間に、こうして自分の作品をリリースする機会を得た人です。
ただ彼のキャリアを見ていくと、本当は自分がフロントに立って、歌いたい人なのかなと思うことがあります。
ちなみにこのアルバムは、バニー・シグラーとノーマン・ハリス(Norman Harris)がプロデュースしており、RIPでは珍しいセルフ・プロデュース作品となっています。
レーベルカラーを大切にするギャンブル&ハフが、プロデュースを本人に任せたというのは、信頼されていたからに他なりません。
彼が裏方仕事で信頼を得てから、自分で勝負したのがこのアルバムです。
この曲のどこがすばらしいか
この曲はとても若々しいサウンドが魅力的です。
冒頭から始まる流麗なストリングスやホーンもいいけれど、特に私は歌唱がすばらしいと思います。
この曲ではバニー・シグラーのテナーが冴えわたっています。
一般に高い声のテナーボーカルは、イノセントな響きを曲にもたらすことができます。
ただ表現力が弱い人が歌うと、表面的で薄っぺらな歌になってしまう危険性があります。
そもそもフィリーサウンドは、ストリングスやホーンなどバックの演奏で高音が多用されます。
その関係で音のバランスを考えると、低めの声であるバリントンボーカルとの相性が良いという人もいます。
私もその意見には賛成です。
しかしバニーに関して、その心配は無用です。
時には少し苦みを感じさせる歌唱は、一聴の価値があります。
躍動するボーカルをサポートする分厚いコーラスも、とても気分を高揚させてくれます。
まさしくフィリーダンサーの代表曲といってもいい、すばらしい出来だと思います。
バニー・シグラーのその後
バニー・シグラーは後に、サルソウル・レコード(Salsoul Records)配給のゴールド・マインド(Gold Mind)レーベルに移籍しました。
そこで数曲のヒットを放った後、1980年代からはまた裏方仕事が多くなりました。
彼は2017年に亡くなっていますから、かなり長い年月を、支える側に身を置いていたことになります。
彼は2007年にその功績が認めらて、アメリカ合衆国議会議事堂で金メダルを授与されました。
その授与式で、彼は聖書の「詩篇23篇」を歌ったそうです。
「詩篇23篇」は神に導かれてきた人生を振り返り、無事自分の人生を歩むことができた幸せを述べるものです。
欧米では葬式で読まれることが多いそうです。
私は以前この人に対して、ありあまる才能を持ちながら、裏方として活動してきた期間が長い人というイメージがありました。
しかしその話を知ってから考えが変わりました。
この人の人生としては、それほど不本意ではなかったのかなと。
その彼が自分自身で勝負し、一瞬輝きを放ったこの曲をお楽しみください。