「なぜこのアルバムがロックのカリスマたちから崇められるのかについて書きました」
今回はジョン・レノン「しっかりジョン」「ラヴ」(Album『ジョンの魂』)をご紹介します。
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■アーティスト名:John Lennon
■アーティスト名カナ:ジョン・レノン
■曲名:Hold On、Love
■曲名邦題:しっかりジョン、ラヴ
■アルバム名:John Lennon/Plastic Ono Band
■アルバム名邦題:ジョンの魂
■動画リンク:「Hold On」「Love」
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ジョン・レノン「しっかりジョン」「ラヴ」(アルバム:ジョンの魂)ディスクレビュー
こんにちは。おとましぐらです。(プロフィールページへ)
今回ご紹介するのは大名盤と呼ばれ、ロック・クラシックの筆頭としてよく名前が挙がるアルバムです。
なにしろ1987年に発表されたローリングストーン誌の「過去20年間のベスト100アルバム」で第4位ですから、もし強引にロックというものを5枚のアルバムで要約しなさいと言われても、このアルバムの名前が挙げられそうです。
私はこのアルバムは、とても特異なアルバムだと思います。
改めて聞きなおすと、これは骨格だけの音楽だと思いました。
ロックという音楽は多かれ少なかれ、楽器間の有機的な連携で成立する音楽です。
それぞれの楽器の音には意味がありますし、ロックを聞く醍醐味はその意味を読み解いていくことだとしたら、ここにはそういうおもしろさはありません。
多くの曲はシンプルすぎるサウンドです。
ディスクガイドによると「マザー(Mother)」とか「ゴッド(God)」とかの歌詞が衝撃的だとか書かれていますが、それも音楽的な意味があってこそだと思います。
「労働階級の英雄(Working Class Hero)」みたいに比較的メロディアスな曲も収録されていますが、この人の持っているメロディセンスからすると、その才能のほんの一端を示しているにすぎません。
もしかしたら非音楽の中から、時々聞こえてくる音楽的に意味のある部分を、拾い聞きする必要のあるアルバムかもしれません。
たとえば今回取り上げるか最後まで迷った「ゴッド(God)」を、聞いてみていただきたいと思います。
楽曲としては歌詞を表現することに重点が置かれすぎていて、非常にバランスが悪い曲だと思います。
私は何度聞きなおしてみても、ひたすら何も信じないと歌うこの曲の中盤は退屈してしまいます。
しかしひとしきり否定し終った後に「夢は終わった(The Dream is Over)」と何度か繰り返し歌われる部分の美しさといったら、もうため息しか出ません。
その数か所だけで、構成が悪く冗長である欠点を補ってあまりありますし、世間に出回っているほぼすべての曲を凌駕してしまいます。
これはほとんど冗談みたいなもので、チートだとしか思えません。
私はこのアルバムを小学生の時にはじめて聞きましたが、もちろん当時は理解できたはずもありません。
気まぐれな子供にとって、つまらないと思った曲は何度も聞きません。
しかし私はこのアルバムを、よく分からないまま繰り返し聞いていました。
プライマル・スクリーム療法について
このアルバムのレコーディング時の状況はとても有名です。
ウィキペディアから引用しておきましょう。
本作のレコーディング前に、ジョンとヨーコの2人はアーサー・ヤノフ博士による「原初療法」という精神治療を受けていた。
原初療法(Primal Therapy)とは、人間心理の奥深くに潜む苦痛を呼び覚まし、幼少期の記憶にまで遡って、すべてを吐き出すという治療法である。
これを体験したジョンは、学生の頃に母を失った記憶などが蘇り、大声を上げて泣き出したという。
この治療は、自分のトラウマをあえて思い出させて、その心の傷に向き合い、時には叫ぶことによって傷を昇華しようとするものです。
あの有名なプライマル・スクリーム(Primal Scream)というバンド名は、この治療法から名づけられました。
当然患者の心の負担は大きく、このアルバムのレコーディング中ジョンレノンは、歌詞の内容を思い出して、頻繁にスタジオで泣いていたそうです。
実際ジョン・レノンの幼少期の生い立ちは、あまり幸せなものではありませんでした。
船乗りの父親は家を空けることが多く、母ジュリアは夫以外の男性と一緒に住んでいました。
母親はまだ幼いジョンと一緒に暮らすことを拒否し、新しい家族と一緒に暮らしていました。
ジョンは母親の姉の下で育てられることになりました。
船員の父親は、一度はジョンを引き取ったものの、その後行方不明になっています。
ジョンは自分の居場所がないように感じていたようです。
子供の頃から度々問題を起こし、素行の悪い不良と言われるような生徒だったそうです。
彼が14歳の時に交通事故で母親を失いましたが、その頃にはもうジョンは「クオリーメン(The Quarry Men)」というバンドを始めていました。
このアルバムのテーマの1つは、ジョン・レノンの幼少期の心の傷、その多くは母親から得られなかった愛情の欠如によるものだったらしく、そのテーマはいくつかの曲に分けて歌われています。
歌詞について
このアルバムは「マザー」という曲が含まれていますが、その曲ではこんな始まり方をしています。
お母さん 僕はあなたのものだった
でも あなたは僕のものではなかった
お母さん 僕にはあなたが必要だった
でも あなたには僕は必要ではなかっただから あなたに言わなければいけない
さようなら さようなら
アルバムはこの「マザー」が始まりますが、アルバムのラストの曲も「マザー(My Mummy’s Dead)」という曲です。
こちらも翻訳しておきましょう。
僕のお母さんの死
そのことが頭の中から離れられないんだ
もう何年も経っているのに原文は以下を参照
John Lennon ? My Mummy’s Dead Lyrics | Genius Lyrics
ジョン・レノンは母親からの愛情を得られず、もがき苦しむ少年時代を送っていました。
ちなみに母親は新しい家庭でジョンとは違う子を数人もうけていましたが、時々はジョンに会いにも来ることがあったようです。
ある日母ジュリアはジョンにバンジョーを教えて、後にギターを始めるきっかけを与えてくれました。
ジョンがバンドを始めるきっかけは、母親に認めてもらうためだったのかもしれません。
ビートルズ(The Beatles)時代も「ジュリア(Julia)」という曲を書いています。
その曲の歌詞も翻訳しておきましょう。
僕の話していることの半分は意味のないことだよ
しかし僕はただ あなたに近づくために話しているんだ
ジョンは母親を憎んだり、恋しく思ったり、その中で振れ幅が大きい気持ちを抱えたまま成長していきました。
この曲のどこがすばらしいのか
さて曲を聞いていきましょう。
「しっかりジョン」は曲名の通りの歌詞です。崩れ落ちそうな自分をはげまそうとしている曲です。
イントロからジョンのギターがゆらめきますが、この曲のギターがとても味わい深くて昔から大好きでした。
この時の彼は精神状態が比較的良い時期だったかもしれません。他の曲よりも声が明るい感じがします。
私は子供の時にとても息苦しい思いをしながら、このアルバムを聞いていたように思いますが、この曲でほっと一息ついていました。
この曲の前に「マザー」では「お母さん、行かないで」とジョンが叫んでいましたから、この曲で中和された感じがしたものです。
私はこの曲の持つ雰囲気が好きで、この曲が2曲目に入っていることが、このアルバムが成功した要因の1つだと思います。
ドラムはリンゴ・スター(Ringo Starr)、ベースはクラウス・フォアマン(Klaus Voormann)という昔からの友人が参加していますが、ジョンが表現したい世界を壊さないように、とてもひかえめなサポートをしています。
もう1曲の「ラヴ」は愛とはこういうものと、ジョンが考える愛の定義のようなものが歌われています。
このアルバムの中で最もメロディが際立っている曲で、ある意味とても音楽的と言える曲です。
演奏はジョンのギターと、フィル・スペクター(Phil Spector)のピアノだけというシンプルな構成です。
イントロの遠くから聞こえてくるようなフィル・スペクターのピアノがすばらしいです。
そしてこういうシンプルな構成になればなるほど、ジョンのボーカリストとしての魅力が浮かび上がります。
今回取り上げた2曲は両方とも、どちらかというと精神的にハードな側面を代表した曲ではありません。
なぜこの2曲にしたかというと、単に私が子供の頃に好きな曲だったからです。
子供の私を魅了した曲であれば、普段洋楽を聞かない人にも伝わるのではないかと思いました。
ただどちらにしてもこの2曲だけでは、このアルバムの魅力を伝えるのも限界があります。
もしこの2曲を気に入ったら、ぜひともアルバム単位で聞いていただきたいと思っています。
ジョン・レノンが与えた影響について
ジョン・レノンは人間的な魅力があると言われます。
もちろん音楽性だけでも、この人は頂点の1人でしょう。しかしこの人の魅力はそれだけに収まりません。
ジョン・レノンが「愛こそはすべて(All You Need Is Love)」を歌う時に、本気でそう思って歌っているのだと感じさせる精神性こそが、ジョンの魅力です。
それはナイーヴすぎるからこそ、過激な考えともいえます。
ジョンが本当に必要なのは愛だけだと歌う時に、それは地位も名誉も必要ないということを意味しています。
彼の思いは本物で、同時に切迫感があります。
実際彼は名誉ある勲章を返却し、世界一のロックバンドのメンバーである立場を捨て、後に主夫に専念してスターであることも捨てています。
彼は多くのカリスマと呼ばれるアーティストたちから、崇められる存在になっています。
ジョン・ライドンは「労働者階級の英雄」を聴いて「この怒りと悔しさは本物だと生まれて初めて感じた。ピストルズの方向性が決まった」と語っている。
クラッシュのジョー・ストラマーは「彼が遺したものの一つは、夢見ることを許されなかった人々に扉を開いたことだ。僕らは永遠に新たな天才が登場するたびにあの天才と比較し続けるだろう」と評している。
リアム・ギャラガーは「もしもジョン・レノンに会えたら舐め回してやる」ほど好きだと述べている。
ジョン・ライドンやリアム・ギャラガーのような、俺様主義の塊で、傍若無人なふざけた男たちが、揃いも揃ってジョンを慕っています。どの人もロックミュージシャン以外で生きることが想像できない面々ばかりです。
ジョン・レノンは普通のままではいられないはみ出し者たちにとって、頂点として君臨しています。
ただその男は、誰よりもボロボロの心を抱えた男でした。
こんな心の中をさらけ出したアルバムを出してもいいという前例をつくったことは、彼らにとって大きな意味がありました。
それは一方でナイーヴさを抱えた荒くれ者たちにとって、福音のようなものだったと思います。
音楽をもっとパーソナルな心の叫びの表現手段としてもいいのだという道を示し、彼らを解放したのだともいえます。
私が思うこのアルバムの魅力について
このアルバムは、ナイーヴに自分を突き詰めることによって、どんでもなく聞き手に届いてしまう力を手に入れています。
個人的すぎるがゆえに突き抜けてしまい、どこかで反転し、多くの人に響く普遍性を獲得しています。
その不思議さがこのアルバムの魅力だと思います。
このアルバムでジョンは、単に病んでいる自分を癒す為に歌っただけだと思います。
そこには不都合でリアルな真実の毒みたいなものも含まれています。
ボロボロな状態で歌った毒が含まれている歌に触れてみたい。それはとても不思議なことです。
ただこのとっつきにくゴツゴツした音楽には、おそらく強烈な癒し効果があるように思います。
もしかしたらギリギリの精神状態に置かれている時に聞くと、とんでもなく響いてしまうアルバムなのかもしれません。
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