「この曲は生まれた背景を知ってから聞くといい曲です!」
今回はリチャード&リンダ・トンプソン「ウォーキング・オン・ア・ワイアー」(Album『シュート・アウト・ザ・ライツ』)をご紹介します。
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■アーティスト名:Richard & Linda Thompson
■アーティスト名カナ:リチャード&リンダ・トンプソン
■曲名:Walking on a Wire
■曲名邦題:ウォーキング・オン・ア・ワイアー
■アルバム名:Shoot Out the Lights
■アルバム名邦題:シュート・アウト・ザ・ライツ
■動画リンク:Richard & Linda Thompson「Walking on a Wire」
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リチャード&リンダ・トンプソン「ウォーキング・オン・ア・ワイアー」(アルバム:シュート・アウト・ザ・ライツ)ディスクレビュー
こんにちは。おとましぐらです。(プロフィールページへ)
名盤として語り継がれているアルバムは、必ずしも売れたものばかりではありません。
このアルバムもその1枚です。
彼らのウィキペディアのディスコグラフィーで確認したところ、全てのアルバムにUKチャート、USチャートどちらも順位の記載がありません。
どれも200位にさえ入らなかったようです。
いかにも売れそうなアルバムではないと思いますが、これほどにも売れていないと少し悲しい気持ちになります。
ただそんな私だって最初に聞いた時には、後にこれほど大切な存在となるアルバムとは思いませんでした。
自分の経験からも、即効性がある音楽ではないと思います。
まあまあ良いなと思ったとしても、その段階はまだこのアルバムの魅力の入り口をうろついているにすぎません。
そこから先の味わいは無限です。
今回はこのアルバムが生まれた経緯をご説明しておきたいと思います。
このアルバムの前作である「サニーヴィスタ(Sunnyvista)」が売れなかったので、彼らはクリサリス・レコード(Chrysalis Records)との契約を維持することができなくなりました。
その後ジェリー・ラファティ(Gerry Rafferty)と組んでアルバムをつくりましたが、どのレコード会社とも契約してもらえず、結局ジェリー・ラファティとも仲たがいをして関係を断つことになりました。
その後カリスマプロデューサーのジョー・ボイド(Joe Boyd)の好意によって、数日であわただしくこのアルバムをつくりあげました。ジョー・ボイドは神ですね。
数日とは2-3日といわれています。通常はそんな強行スケジュールは組みません。
彼らにはジェリー・ラファティとの間で制作した未発表のマテリアルがありましたが、それでも過密日程だったでしょう。
しかしアルバムを出したら営業、つまりツアーに出なければなりません。
ツアーの資金を手元に残す為に、なるべくスタジオ代を節約することにしたようです。
ちなみにこのアルバムのレコーディングの時、リンダ・トンプソン(Linda Thompson)は妊娠していた為、すぐにツアーに出ることができませんでした。
お金にも困っていました。
そんなある時、夫のリチャード・トンプソン(Richard Thompson)は妻が妊娠しているにもかかわらず、他の女性と不倫をしていました。
このアルバムのレコーディング時には2人の関係も末期状態でした。
その後に2人は離婚して、彼女はその後3人目の出産をすることになります。
彼女のウィキペディアによると彼女はその後痙攣性発声障害によって、2年間声が出なくなります。
曲名を日本語にすると「綱渡りをしている」ですが、本当にそのままの状態だったのですね。
この曲の歌詞に以下のようなところがありますが、当時どういう気持ちで歌っていたかと思うと胸が痛みます。
私は今夜あなたを喜ばせることができたらいいのに。
しかし、私の薬はうまく効かないでしょう。
私は綱渡りをしています。そして私は落ちています。HNCD-1303掲載の歌詞をおとまが翻訳
この曲のどこがすばらしいのか
さて曲を聞いていきましょう。
イントロの寂寥感のあるギターに誘われてリンダ・トンプソンの歌が始まります。
この人の歌は透明度がに澄んでいるわけでもないし、サンディー・デニーのように霊気を感じることもありませんが、人間的な奥行きを感じさせてくれます。
説得力で聞かせるタイプです。まっすぐ歌っていて、小細工は一切ありません。
地味で堅実な歌ですが、情感がにじみ出てきます。
本当に味わい深い歌とはこういうものでしょう。
そしてそれが奇抜で曲がりくねったリチャード・トンプソンのギターと相性がいいんですよね。
やはりギターはすばらしいです。
まず2:27のところから繰り広げられるなんともいえない曲がりくねったフレーズだらけのソロは、唯一無二の名人芸です。
しかしこの曲の聞きどころは4:28くらいからです。
2人のコーラスが重なり、ふぞろいに声を張り上げて歌います。
そこから普段はとぼけた男リチャード・トンプソンのギターが珍しく直情的に熱く歌います。
これは本当に胸を突く演奏です。
おそらく2人は自分達の関係や音楽キャリアが終わりに近づいていることに気づいていたのかもしれません。
様々な思いが交差して、奔流のように押し寄せている感じがします。
このアルバムを最後に2人は10年に渡る結婚生活を終えて、音楽パートナーとしても解消となりました。
このアルバムもやはりヒットチャートとは無縁の結果に終りました。
しかしこのアルバムが発売されてしばらくすると、この音楽はただ事ではないと気づく人たちが現れました。
1987年のRollingStone誌の「過去20年間のベストアルバム100」というランキングで24位に選出されています。
1989年には、またも同誌の「80年代のベストアルバム」でも9位に選出されています。
音楽キャリアを継続するのに必要な評価を得られたのですね。
当然2人のその後のソロ活動にも良い影響を及ぼしました。
リンダ・トンプソンのその後は1985年にソロアルバムを発表することになりますが、このアルバムの評価なしでは難しかったでしょう。
ちなみにプライマル・スクリーム(Primal Scream)の「ビューティフル・フューチャー(Beautiful Future)」というアルバムの「オーヴァー&オーヴァー(Over & Over)」でボーカルで参加しています。
この頃はもうレジェンド扱いです。
ちなみに彼女はその後再婚して幸せに暮らしているようです。
先ほどの経緯を知るとリチャード・トンプソンは確かに悪い男のように思えなくもありませんが、2人だけにしか分からないこともあるでしょう。
ちなみに2人は2010年6月12日にMeltdown Festivalというフェスティバルで再び一緒に歌ったそうです。
リンダ・トンプソンにとって、この曲をレコーディングしていた頃は人生最低の時期だったかもしれません。
しかし同時にその後幸せになる起点となった曲といえるかもしれません。
そしてどん底の状態で歌われた曲なのに、リスナーにとっても不思議と癒され勇気づけられる曲です。
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