「コステロの書いた歌詞の凄みを理解するとこの曲が幻の名曲と呼ばれる理由が理解できます」
今回はロバート・ワイアット「シップビルディング」(Album『ディファレント・エヴリ・タイム』)をご紹介します。
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■アーティスト名:Robert Wyatt
■アーティスト名カナ:ロバート・ワイアット
■曲名:Shipbuilding
■曲名邦題:シップビルディング
■アルバム名:Different Every Time
■アルバム名邦題:ディファレント・エヴリ・タイム
■動画リンク:Robert Wyatt「Shipbuilding」
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ロバート・ワイアット「シップビルディング」(アルバム:ディファレント・エヴリ・タイム)ディスクレビュー
こんにちは。おとましぐらです。(プロフィールページへ)
この曲は有名な割には聞かれていない名曲の筆頭だと思います。
実は私も、結構後になって聞きました。
私はこの曲が収録されていると言われている「ナッシング・キャン・ストップ・アス(Nothing Can Stop Us)」を持っていますが、私の盤にはこの曲が収録されていません。
この曲は意外と入っているアルバムを探すのが大変で、買ってから入っていなかったと気づく人も多いようです。
そもそも「ナッシング・キャン・ストップ・アス」というアルバム自体が、本来は寄せ集めのコンピレーションアルバムです。
この曲はシングルカットされていて、それなりにヒットしたようですから、きちんと寄せ集めてほしいと思います。
もしくは、公式バイオグラフィである「Different Every Time: The Authorised Biography of Robert Wyatt」に合わせて発売された、このアルバムには必ず収録されていますので、こちらで入手してしまうという手もあります。
実はこの2枚組アルバムの2枚目は、他の人と共演している曲をまとめて収録しているので、オリジナアルバムでは聞けない曲を補うのに良いアルバムです。
この曲はエルヴィス・コステロ(Elvis Costello)とクライヴ・ランガー(Clive Langer)による共作です。
歌詞を書いたのはコステロのようです。
最初にロバート・ワイアットに提供して、その後コステロ自身も「パンチ・ザ・クロック(Punch the Clock)」でセルフカバーしています。
コステロバージョンのリンクを貼っておきましょう。
しかし昔から誰も彼もが、この曲はロバート・ワイアットが歌ったバージョンの方が良いと言います。
私はコステロバージョンも十分すばらしいと思っていましたが、それしか知らない時、これよりすばらしいとは一体どういうことだといぶかしく思っていました。
後年今回ご紹介するアルバムとは別のベスト盤で初めて聞いた時に、ああ確かにこれは評判通りだと思いました。
オリジナルバージョンでなじんでしまっているはずなのに、この曲の本来の姿はロバート・ワイアットの方だったのだとすぐに納得しました。
この曲が入っていない「ナッシング・キャン・ストップ・アス」を買ってしまうという悲劇は、おそらくこれからも繰り返されるかもしれません。
くれぐれも買う時には曲名を確認していただければと思います。
この曲ぐらいになると、もし入っていないと気づいた場合、アルバムの買い直しを余儀なくされてしまいます。
もし買い替えるのが気が進まないのならば、このアルバムで他のオリジナルアルバム未収録曲と一緒にチェックしてしまってもいいでしょう。
フォークランド紛争のことを歌った歌詞の内容について
この曲のテーマは、イギリスのフォークランド紛争だと言われています。
コステロの歌詞はとても味わい深いものが多いのですが、私のようなネイティヴではない日本人にとっては、本当に意味がつかめているいるのだろうかと、心配になることがあります。
というのは言葉の意味だけでなく、皮肉とか暗喩とかが含まれていて、そのニューアンスのさじ加減によっては、意味がガラリと変わってしまう場合もありそうだからです。
これからこの曲の歌詞を翻訳したいと思いますが、言葉自体はそうだけど本当の意味は逆だよとかいうようなところがありましたら、ご指摘いただければと思います。
この曲の出だしは以下のように始まります。
その価値はあるだろうか?
妻には新しい冬のコートと靴
子供の誕生日に自転車
この曲では家族を支える為に仕事にありつきたい夫の視点から歌われています。
彼は造船所の仕事が再開することに期待をしているのですが、そこには同時に若干苦々しい思いも込められています。
子供が言った「お父さん やらなければいけない仕事に行くことになった
でもクリスマスには戻るよ」
「クリスマスまで戻る」というのは、すぐに戦争が終わるだろうから心配いらないと家族に説明をする時によく使われる言葉で、言外にやっぱりすぐには終わらなかったというニューアンスを含んでいる言葉のようです。
さびれた造船を主要産業としている主人公の町が、戦争需要の造船で復活する可能性を示唆しています。
人々の間ではこういう話でもちきりだ
造船の結果、誰かが殺されると
町の人々の心が揺れている様子が伺えます。しかし主人公は覚悟を決めます。
私たちにはそれしかできないのです
私たちは船をつくるでしょう
子供へのプレゼントが自転車ということは、息子はまだ充分大人になっていない若者であることを示唆しています。
その息子への誕生日プレゼントを買う為の仕事が、皮肉にも戦争で使われる船をつくる仕事だという状況です。
もしかしたらせっかく稼いだお金でプレゼントを買っても、永遠に息子を失ってしまうかもしれません。
しかし主人公は、自分の気持ちを抑えて船をつくることを決意します。
最後はこう締めくくられています。
親愛なる人生の為にダイビングする
真珠を求めてダイブすることだってできたかもしれない時
これは船をつくるために海に潜る仕事の場面でしょう。
反戦ソングとして直接的な言葉は使われていませんが、様々な意味が緻密に練り込んでいます。
文学的な香りする名曲ですね。
この曲のどこがすばらしいのか
さて曲を聞いていきましょう。
まずイントロは少し沈痛な感じで始まります。
この曲がここまでの名曲になったのは、ロバート・ワイアットの純度の高いボーカルゆえです。
そこには諦念や淡々と感情をやり過ごす主人公の気持ちが、正確に再現されています。
この曲でボーカルに寄り添うピアノは、センチメンタルになりすぎていません。
1:50ぐらいからの短いソロも気品に満ちています。
そしてこの曲のサウンドにおいて最大の貢献をしているのが、ウッドベースです。ゴリっとしたアタック音の感触は、この曲にリアリティを持たせています。
よくジャズで良い演奏をするには、歌詞の意味を考えながら演奏するいいということが言われますが、この曲はジャズではなくても、それを体現して歌を支えています。
ロバート・ワイアットは声高らかに反戦を歌い上げてはいません。
ただそれが逆に曲に説得力を持たせています。
この曲の題名である「Shipbuilding」とは「Ship」と「Building」から成る言葉で、直訳すると「造船」です。
普通のポピュラー・ミュージックとしては、すばらしいとはいえない曲のタイトルです。
ただロバート・ワイアットという左翼的な政治的スタンスをとっている硬派のミュージシャンには、とても似つかわしい曲名だと思います。
伊達にHUNTER×HUNTERの登場人物みたいな風貌をしていません。
左翼というのは国によってかなりニューアンスが違いますが、アメリカやヨーロッパでは反戦的な考え方と結びつくことが多いように思います。
そして昔からロックと反戦は相性が良くて、逆に反戦ではない人を見つけることが難しいぐらいです。
ただ日本でも若干そういう感じもありますが、反戦というと人類みんな仲良くできればいいねみたいなお花畑思考におちいりがりです。
しかし中にはこの曲のように、現実的な視点からの反戦ソングといものもあるのですね。
この曲の主人公であるお父さんは家庭を守る為に、息子の命を奪う舞台になるかもしれない船をつくることを決心します。
その現実を主人公に受け入れさせることで、単に反戦を訴えるだけでなく、仲間のお花畑ムードをもけん制しているような、一種独特な孤高の雰囲気を感じさせてくれる曲です。
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