「セールスがどん底の中でつくられたこだわりの家庭料理音楽」
今回はセルジオ・メンデス&ブラジル’77「愛のかけひき」(Album『ホームクッキング』)をご紹介します。
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■アーティスト名:Sergio Mendes & Brasil ’77
■アーティスト名カナ:セルジオ・メンデス&ブラジル’77
■曲名:It’s So Obvious That I Love You
■曲名邦題:愛のかけひき
■アルバム名:Homecooking
■アルバム名邦題:ホームクッキング
■動画リンク:Sergio Mendes & Brasil ’77「It’s So Obvious That I Love You」
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セルジオ・メンデス&ブラジル’77「愛のかけひき」(アルバム:ホームクッキング)ディスクレビュー
こんにちは。おとましぐらです。(プロフィールページへ)
今回は1970年代のセルジオ・メンデスをご紹介します。
セルジオ・メンデスは大昔、あまり良い目で見られていなかったと思います。
自分の周囲だけだったかもしれませんが、とても評価が低かったように思います。
まずまじめなロックファンなどからは、気に入らない存在のように思われていました。
実は私がまだとても若かった頃、周囲には年上のロックファンばかりでしたが、この人の名前は禁句に近いものがあったと思います。
当時私は、さあこれからブラジル音楽も聞いてみようと思い、この本を買いました。
私はこの中原仁さんの本に、多大な影響を受けました。
上の本はブラジル音楽の様々な側面についてバランスよく紹介されています。
私が古いサンバやショーロ、バイーアの音楽を聞くようになったのは、この本の影響です。
その後ブラジル音楽を聞き進んでいくと、本格的なブラジル音楽ファンとも話す機会も増えてきました。
そういう人たちの間でも、この人の評価があまり高くありませんでした。
当時はセルメンと呼ばれていて、セルメンはブラジル音楽じゃないみたいな言い方をされていました。
例えば、スタン・ゲッツ&ジョアン・ジルベルト(Stan Getz & Joao Gilberto)の「ゲッツ/ジルベルト(Getz/Gilberto)」で、スタン・ゲッツの演奏をつまらないと言われることが多いと思います。それに似ています。
スタン・ゲッツとセルジオ・メンデスは、まじめなブラジル音楽ファンからも、あまり良いと思われていなかったように思います。
なんとなく感じたのは、商業主義的に感じられるところが、受けが悪い原因なのかなということです。
当時の私は、こっそり縮こまって聞かないといけないような気がしていました。
しかし、今ではもうセルジオ・メンデスが好きだと言っても、誰も何も言いません。
おそらく昔よりはブラジル音楽をライトで都会的なサウンドとして聞く人が増えてきたこともあります。
またクラブシーンでの再評価の影響もあるでしょう。
そしてフリーソウルという便利な言葉ができたおかげもあると思います。
セルジオ・メンデスの音楽は60年代はまだボサノヴァ色が残っていましたが、特に70年代に入るとカテゴライズが難しくなりました。
純粋なブラジル音楽でもないし、ソウルミュージックでもない。ブラジリアンフュージョンでもありません。
イージーリスニングっぽい感じはするけれど、そう言い切ってしまえない音楽という、収まりが悪い感じがあったと思います。
私は今回ご紹介する曲は、フリーソウルの曲だと思います。
しかしフリーソウルという大雑把なサブジャンルが成立し、その枠内で評価されたことによって、ようやくセルジオ・メンデスも居場所を確保した感じがあります。
このアルバムはセルジオメンデスにとって、どん底の時代だった
さてこのアルバムは、おそらくセルジオ・メンデスの26枚目のアルバムです。
セルジオ・メンデスはボサノヴァ期の60年代を経て、フリーソウル期の1970年に入ると、Sergio Mendes & Brasil ’77名義に改名します。
更にはこのアルバムまでは「Sergio Mendes & Brasil ’77」で、次のアルバムから「Sergio Mendes & The New Brasil ’77」に名前を改名します。
赤いところが新しく加わったところです。
つまり「The New」が追加されただけという、マイナーチェンジをしたのです。
私はソロ名義も含めて、1970年代のセルジオ・メンデスが一番好きです。
1970年代中期のアルバムは、時々ディスコの影響を指摘されることがありますが、私はそれほど感じません。
リズムやパーカッションの使い方にアース・ウィンド&ファイアー(Earth, Wind & Fire)の影響は感じますが、そのせいかもしれません。
このアルバムにパーカッションで参加しているパウリーニョ・ダ・コスタ(Paulinho Da Costa)は、そういえばEW&Fにも参加していましたから、そう感じて当然かもしれません。
この頃の彼のサウンドはアメリカナイズの方向に向かって、どんどん洗練されていっています。
同時にブラジル色が希薄になっていきました。
それがまじめなロックファンやブラジルファンから昔、不人気だった原因かもしれません。
しかし実はこの頃、彼はアメリカでの人気は大きく凋落していました。
売れ線どころか、逆にセールス的にはどん底だったのです。
彼はボサノヴァの印象が強かったので、その枠組みから外れているこのアルバムあたりの音楽性の受けが悪かったのですね。
アルバムチャートでもなんと180位止まりです。心が折れそうな、まさに大惨敗と言えるでしょう。
ではなぜその後しばらくの間ずっと、売れ線狙いのような感じで言われていたのでしょうか。
それはその不遇な時期でも、例外的に日本では売れていたからです。
英語のウィキペディアにそう書かれていました。
セールスだけ考えていたらボサノヴァをやっていた方が、大きなマーケットであるアメリカでは受けたかもしれません。
しかし彼はあえて、そのイメージに反するこのアルバムをつくりました。
つまり彼にとっては売れ線狙いに思えるこちらの音楽性を選ぶ方が、リスクが高かったのです。
きっと新しい時代の空気を吸い込んだ、彩り豊かでコンテンポラリーな音楽をやりたかったのだろうと思います。
それを継続したことにより、1990年代以降のクラブシーンやフリーソウルでの再評価につながっていきます。
このアルバムのプロデューサーはセルジオ・メンデスで、オスカー・カストロ・ネヴィス(Oscar Castro-Neves)がアシスタントプロデューサーです。
グループ名義では久々の本人プロデュース作です。
このアルバムは自分とその気心の知れた腹心の制作体制で、まさに「ホームクッキング」つまり「家庭料理」というアルバム名の通り、本人の好きなように音楽を料理している感じがします。
先程この次のアルバムでグループ名に「The New」を加えたのは、いつまでもボサノヴァのセルジオ・メンデスではないのだよと、訴えたかったのかもしれません。
しかし180位という大惨敗となったこのアルバムの後、次作でも同じ音楽性を突き詰めたこの人は、相当な頑固者だと思います。
この曲のどこがすばらしいのか
さて曲を聞いていきましょう。
出だしからメロウこの上ないサウンドが展開されています。
イントロでギターが印象的なフレーズを繰り返し聞かせてくれます。
この曲はイントロだけでなく、全般に渡ってギターが聞きどころです。
曲単位でのクレジットがはっきり分からないのですが、オスカー・カストロ・ネヴィスの演奏ではないかと思います。
1:25からのギターソロは、何気ないようですが、のけぞるような演奏だと思います。
セルメン印の女性ボーカルは、いつも通りクセがなく、フェイクを入れず、しなやかに歌うことだけを心掛けているようなところがあります。
2:54ぐらいから最後の方で、スピリチュアルに歌い上げるところもそつなくこなし、プロフェッショナルな役割を果たしています。
パウリーニョ・ダ・コスタのパーカッションは、ミディアムテンポでもコク深いリズムを刻んでいて、この曲にある種の解放的な空気感を加えています。
この曲はカルロス・リラ(Carlos Lyra)の曲です。
このアルバムでは他にジル・ベルトジル(Gilberto Gil)、マイケル・センベロ(Michael Sembello)の曲なども取り上げています。
面白いところではAOR期のエドガー・ウィンター(Edgar Winter)の曲なども取り上げています。
この人選から後にAORへと音楽性をシフトする萌芽が伺えます。
このアルバムは売れなかった割にはとても質が高く、他にもご紹介したい曲がたくさんあります。
2曲リンクを貼っておきますので、お時間のある方だけどうぞ。
Sergio Mendes & Brasil ’77「Tell Me in a Whisper」
Sergio Mendes & Brasil ’77「Homecooking」
音楽における頑固さのすすめ
先程、古いまじめなロックファンやブラジル音楽ファンが昔、この人を高く評価していなかったと言いました。
実はその言葉は、昔の自分にも向けなければいけないように思います。
というのは、昔はこんなものつまらないと思っていた音楽が、今改めて聞くとすばらしいと思う機会が多いからです。
私自身も昔は狭い感覚にとらわれていたのかなと思います。
しかし開き直るようですが、それでもいいと思います。
何を聞いてもいいねとばかり言う物分かりの良い人は、結局何も分かっていないのかなと思うことが多いものです。
人の気持ちを害しないように配慮をしさえすれば、分からないものは分からないと言った方がいいし、つまらないものはつまらないと言ってもいいと思います。
そういう頑固な人がいいと言ったとしたら、それ本当に良いということですし、本当に理解しているということです。
もしその人が音楽にハングリーであり続けさえすれば、多少頑固な人の方が音楽をより音楽を深く理解できるような気もします。
私はこれまでそういう人を何人も見てきました。
さてセルジオ・メンデスの話に戻ります。
セルジオ・メンデスがこだわった、ブラジル音楽色が薄くコンテンポラリーな作風は、1980年代にヒットを連発したことで後に高い評価を得ることになります。
その後の彼は、アルバム毎にバラエティに富んだ作品を発表しています。
中には「ブラジレイロ(Brasileiro)」のような、ブラジル色が濃縮されたようなアルバムもあります。
頑固に自分がやりたい音楽をやり続けて結果を出したので、創作上の自由を手に入れて、自由を謳歌しているような感じがします。
ルーツに近い音楽や尖った音楽にこだわる人もすばらしいと思います。
一方でこの人みたいに、その時代の空気を吸って今の時代で呼吸する音楽をつくることに頑固にこだわる人もいます。
セルジオ・メンデス流こだわりの家庭料理音楽を、ぜひお聞きくださいませ。
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