「退廃的な無頼派男が古き良き無法者に共感を寄せて歌った名曲」
今回はウォーレン・ジヴォン「フランクとジェシー・ジェイムス」(Album『さすらい』)をご紹介します。
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■アーティスト名:Warren Zevon
■アーティスト名カナ:ウォーレン・ジヴォン
■曲名:Frank & Jesse James
■曲名邦題:フランクとジェシー・ジェイムス
■アルバム名:さすらい
■アルバム名邦題:Warren Zevon
■動画リンク:Warren Zevon「Frank & Jesse James」
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ウォーレン・ジヴォン「フランクとジェシー・ジェイムス」(アルバム:ウォーレン・ジヴォン)ディスクレビュー
こんにちは。おとましぐらです。(プロフィールページへ)
今回は異色のシンガーソングライターを取り上げます。
異色というのは、通常のシンガーソングライターとは少し違った空気感を持っているという意味です。
そのあたりは後で触れることにしますが、まずは経歴に触れておきたいと思います。
ウォーレン・ジヴォンは1947年にアメリカで生まれました。
彼の父親はユダヤ人のロシア移民、母親は英国系で経験なモルモン教徒の女性です。
父親は当時の闇社会の大物と懇意にしていた賭博師で、アメリカを移動しながら賭博で生計を立てていました。
いわゆる堅気の人ではありません。
当時父親は相当羽振りが良かったようですが、ウォーレン・ジヴォンが16歳の時に両親が離婚します。
するとウォーレン・ジヴォンは高校を辞めてしまい、シンガーソングライターになる為にニューヨークに向かいます。
その後彼はある女性とLyme & Cybelleというデュオを結成して、「Follow Me」という小ヒットを生みます。
リンクを貼っておきましょう。
当時はソニー&シェール(Sonny & Cher)などの男女のフォークロックデュオがヒットしていたので、その線を狙っていたのかもしれません。
この頃彼は「ハッピー・トゥゲザー(Happy Together)などのヒットで有名なタートルズ(The Turtles))や、映画「真夜中のカウボーイ(Midnight Cowboy)」などに曲を提供し、裏方としてのキャリアも積んでいます。
1969年になると彼は、念願のソロデビューのチャンスをつかみます。
BMXバンディッツの時にご紹介した怪人キム・フォーリー(Kim Fowley)のプロデュースで「Wanted Dead or Alive」というアルバムを発表しましたが、あまり売れませんでした。
このアルバムの曲もリンクを貼っておきましょう。
Warren Zevon「Traveling in the Lightning」
その後彼は、エヴァリー・ブラザーズ(The Everly Brothers)のバンドリーダーや、他の人に楽曲の提供することで生計を立て、ようやく1976年にアサイラム・レコード(Asylum Records)から、この2枚目のアルバムを発売します。
前作から7年後でようやく2枚目ですから、けっして順調な音楽活動とはいえないかもしれません。
ジェシー・ジェイムズとウォーレン・ジヴォンの類似性について
さて今度はこの曲のテーマについて書きたいと思います。
曲名の「フランクとジェシー・ジェイムス」とは、西部開拓時代の無法者のことです。
細かいことですが、現在の日本では「ジェシー・ジェイムズ」と濁る表記が一般的です。
ジェシー・ジェイムズと兄フランク・ジェイムズは、南北戦争でゲリラ活動をしていました。
しかし南北戦争で敗戦するとそのまま御尋ね者となって、彼らはアメリカ各地を渡り歩いては、北部系の銀行を襲撃していました。
彼らは単なる犯罪者ではなく、アメリカ人にとっていわゆる義賊のような存在のようです。
敬虔なキリスト教徒、甘いマスクの美男子、フロンティアの郷愁を漂わせる名前。極悪非道の重罪人にもかかわらず、その悲劇的最後は人々の同情を集め、強者に立ち向かうロビン・フッドのイメージに重ね合わせる者もおり、ジェシーは伝説化した。
ウォーレン・ジヴォンはこの曲の中でジェシー・ジェイムズ兄弟について歌っています。
彼はジェシー・ジェイムズがたまたま敗軍の側にいて、正規軍ではなかったというだけで恩赦を受けることができなったと、とても同情的に歌っています。
また彼はこの曲の中で、ジェシー・ジェイムズを撃った男をとてもこきおろしていて、たいへんなジェシー・ジェイムズへの肩入れっぷりです。
ウォーレン・ジヴォンの父親は闇社会の大物と太いパイプを持つ人でしたが、その一方で母親は敬虔なモルモン教徒でした。
そして家族は旅の中で生活をしていました、
ジェシー・ジェイムズの父親は牧師でしたが、金鉱を探しに行った旅先で亡くなり、17歳になった時に南北戦争の敗戦を受けてから、流浪の生活をしていました。
聖と俗がねじ曲がって同居する環境、そしてアメリカ中を流浪する生活。
ウォーレン・ジヴォンが幼い頃から自分をアウトサイダーとして認識して、ジェシー・ジェイムズに自分を重ね合わせていたとしても不思議はありません。
ロック界のサム・ペキンパーという呼称について
この人はロック界のサム・ペキンパーと言われています。
サム・ペキンパー(Sam Peckinpah)はアメリカの映画監督で、「ワイルドバンチ」「わらの犬」「ゲッタウェイ」「ガルシアの首」などの作品で知られています。
滅びゆく西部の男たちを哀切の込もった視線で描き続けたことから「最後の西部劇監督」、もしくは「西部劇の破壊者」と呼ばれる。
私も若い頃、この人の映画をいくつか見たことがありますが、サム・ペキンパーは過激でリアルな暴力描写を取り入れる一方で、一種独特の哀愁を感じさせるところがありました。
サム・ペキンパーは後年アルコールや麻薬に蝕まれて、60歳を迎えることなく心不全で亡くなっています。
一方ウォーレン・ジヴォンは、ロック界のサム・ペキンパーと呼ばれるだけに、似た資質が感じられます。
それは一言でいうと退廃です。
もうどうしようもなくにじみ出てしまうダメな感じと、やさぐれた知性を少々、そして何よりも「もうどうなってもいいだろう」と、人知れず呟いていそうな退廃的な空気。
このアルバムのジャケットを見て頂きたいと思います。
この頃彼はロサンゼルスという太陽にまぶしい街を主な活動拠点としていました。
しかし太陽を避けて暗闇の場末みたいな場所で少し神経質そうに立っているこのジャケットは、この人に似合いすぎています。
彼も後年はアルコール中毒に苦しみますが、サム・ペキンパーと同じく60歳を待たずに、56歳で亡くなっています。
英語のアルバム名は自分の名前と同じ「Warren Zevon」ですが、日本語のアルバムタイトルが「さすらい」と名付けられています。
この邦題を付けた人はとても良い仕事をしたと思います。
実際この人は父親やジェシ・ジェイムズと、同じく定住しがたい放浪癖のある人です。
実際このアルバムの前にも、ふらっとスペインに住んでいたりしています。
この人の作品に感じる普通ではない感じとは、自分の業みたいなものに拘束されて生きるしかなかった、そのどうしようもない感覚です。
ただソングライティングの才能が、彼をただのアル中の下積みミュージシャンのままにはしておきませんでした。
この曲のどこがすばらしいのか
さて曲を聞いていきましょう。
この曲でピアノを弾いているのは、ウォーレン・ジヴォン自身です。
大晦日に流れそうなしっとりとしたピアノのフレーズから始まります。
ボーカルが始まるとピアノがよくボーカルに絡んで、コロコロと転がるようなフレーズを弾いています。
エレクトリック・ギターも入っていますが、私は特に必要なかったような気もします。
代わりにデヴィッド・リンドレーのフィドルがとても良い演奏をしているのに、ボリュームが抑えらえていて少し残念です。
このアルバムは盟友ジャクソン・ブラウン(Jackson Browne)のプロデュース作ですが、本職のプロデューサーではありませんから、細かいところにケチをつけるつもりはありません。
むしろよくぞこの人のアルバムを出そうとしてくれたと感謝したいですし、その功績の方がはるかに大きいと思います。
2:05ぐらいからピアノソロが始まりますが、ここでの童謡のような昔懐かしいフレーズは、昔の義賊を取り上げるにふさわしい懐古的な演奏です。
ピアノは緩急をうまくつけていて、その起伏がこの曲に小さなドラマ性を付け加えています。
バックバンドでキーボードを担当していただけに、演奏力はさすがです。
サビでは「乗り続けろ」みたいなことを歌っていますが、これはジェシ・ジェイムズが馬に乗っているシーンを想定しているのでしょうね。
つまり逃げろ逃げろ、捕まらないように逃げろという意味だと思います。
このアルバムはどの曲も外れなく、リンダ・ロンシュタット(Linda Ronstadt)に提供した「風にさらわれた恋(Hasten Down The Wind)」など名曲ぞろいです。
ただ華みたいなものはありません。
最初は平凡な曲だと思って聞いている内に、まるで遅効性の成分のように、しらない内に身体に沁み入ってきます。
基本的にアルバム単位でじっくり聞くのに向いていると思います。
不遇な時期に熟成された味わい
先程2曲ばかり彼の若い頃の曲のリンクを貼りました。
どちらの曲もそれなりに良い曲であるものの、まだ後年のような含蓄のある味わいが感じられません。
私はその後の不遇な時期に彼の本来の資質を熟成されて、それが曲ににじみ出るようになってはじめてこの味わいを生んだのではないかと思います。
このアルバム自体はあまり売れませんでしたが、評論家から高い評価を獲得しました。
そのおかげで次のアルバムを出すことができましたし、次作ではヒット曲も生むことができました。
その後また不遇の時期を経過した後に、更に彼の世界は深化していきます。
遺作となった「The Wind」は涙腺を刺激する大傑作となっています。
この人はミュージシャンズ・ミュージシャンみたいなところがあって、一般的な人気はあまりないかもしれません。
しかし一部の人にとって、この人の名前は特別な感情を喚起する人です。
冒頭でこの人は普通のシンガーソングライターと少し違う味わいがあるとドヤ顔で書きましたが、残念ながらうまく言い表せた気はしません。
ただこのアルバムではまだひかえめですが、退廃的で無頼派っぽい隠し味を感じ取っていただければと思っています。
この曲なんかはピアノが人懐こくて、比較的とっつきやすい曲ですしね。
気分が少し落ち込んでいる時にお酒を片手にこのアルバムを聞くと、彼の世界にはまりすぎるかもしれませんので、ご注意ください。
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