中古で書籍やCDを買ったことをアーティストに伝えるのは配慮に欠ける非常識な行為なのだろうか

今回は中古で書籍を買ったことを、アーティスト本人に伝えることの是非について書きます。

CDやレコードでも過去に同様の意見がありました。

音楽ファンにとっても、対岸の火事ではありません。

 

ツイートのご紹介

それに対して、このような意見もありました。

 

私はこの3つのツイートに違和感を感じました。

この記事ではその違和感について、私の考えを書いてみたいと思います。

 

なぜ図書館とブックオフが入手経路だと著者は「微妙な空気」を醸し出すのか

その前になぜ図書館とブックオフで買った話をすると著者が「微妙な空気」を醸し出すか、その理由についてご説明いたします。

その読者の入手経路はお金にならないから「微妙な空気」になるのですね。

しかしそれは著者の問題であって、読者には全く関係ありません。

冒頭の編集者と擁護する人は、そこをスルーしていないでしょうか。

そもそも優秀な編集者であれば、最初からそれを理解しているので、こんな主張をしたりしません。

もしその編集者がありとあらゆる職業の人から、その行動は間違えている、提供側はこう考えているから配慮すべきと言われ続けたら、どう思うでしょうか。

業界以外の人には想像もつかない業界内の事情に配慮することを、当然だとして強いられたとしたら。

それどころか入手経路を伝える読者を迷惑な人のように書く始末。

自分たちにとってはささいな配慮だと思っても、読者にとっては面倒で時に苦痛かもしれません。

そういう視点は持っておきたいものです。

 

主張の軌道修正

その後最初の編集者は、以下のように意見を修正しています。

私には最初のツイートが想像以上に反発されたため、軌道修正をしたように感じました。

編集者の方が「図書館も、古本屋の存在も、全く否定していません!」というのは事実です。

しかし最初のツイートでは著者との間で「微妙な空気になる」からと、図書館とブックオフで買ったことを言わないよう主張していました。

図書館とブックオフについて、ネガティヴに受け取られる可能性は否定できません。

私は批判の声が大きいことを受けて、微妙に軸足を移したように感じました。

図書館とブックオフは悪くないのだと。

そこに幾分か矛盾はないでしょうか。

彼女は「違う、違う、私が言いたいのは」と主張したいのだと思います。

しかし言葉を生業としている編集者として、大勢の人にそう思われた時点で分が悪い感じがします。

 

反論に対してやゆする人たち

編集者を擁護している人の中には、読書家なのに読解力がないとやゆしている人がいます。

しかし私はそうは思いません。

文章は必ずしも明確で一つの意味だけを表していないがあります。

逆にその文章から考えられる複数の意味を取捨選択することがあります。

私は大手出版社に入社する時、読解力の試験を受けて、狭き門の試験を通過しました。

私は人並みには読解力があると思っています。

マウントをとっているように思われたらすみませんが、あえて書かないといけないように思いました。

そんな私からすると読解力がないと主張する人は、その人自身が読解力が欠如しているケースが少なくないと感じます。

自分が読み取ったのと同じ解釈をしない人を読解力がないと主張しがちなのですね。

むしろそういう人こそが読解力が足りていません。

その前提で次の文章を読んでいただければと思います。

 

読解力がないとやゆする人への反論

この編集者は著者との間で「微妙な空気」になることを避けるために、図書館で読んだりブックオフで買ったことを伝えることを避けるべきだと主張しています。

新刊で買った方が著者に利益をもたらすので、より望ましいというヒエラルキーが前提です。

しかしその後編集者は、図書館やブックオフを否定していないとしています。

そこに本質的な矛盾はないでしょうか。

ここは分かりにくいと思いますので、繰り返しご説明いたします。

まず作者が「微妙な空気」になることのないよう、入手経路を言うべきではないとしています。

「微妙な空気」が流れるのは、図書館とブックオフ。

著者からしたら図書館とブックオフで作品を読まれることは、がっかりだと言わんばかりです。

しかし続くツイートでは、図書館とブックオフを貶めていないと主張しています。

そこに全く矛盾はないと言い切れるでしょうか。

編集者を擁護する人は、読解力がないとかそんなことも分からないのかと冷笑に近いツイートをしています。

しかし丁寧に経緯をたどる時、彼らが誤読と冷笑した人の意見が、あながち間違いではない可能性が出てきます。

 

なぜ彼らは軽率にやゆしてしまうのか

それに対し図書館とブックオフへのネガティヴなニューアンスを読み取った人が、読解力が足りないと言われてしまう始末です。

読解力とはその文章から様々な意味を読み取り、文意に沿って適切に取捨選択することだとしたら、文意を幅広くとって可能性について言及した人をやゆするのは妥当でしょうか。

少なとも読解力が足りないと一刀両断される筋合いはありません。

入手経路をどうしても伝えたいとからかっていた先程の人にいたっては、その意見こそがまさしく誤読ですよね。

底意地の悪い悪意がダダ漏れしているのをもう少し隠した方がいい。

他者をやゆすることによって、エゴを満たし精神の安寧を保っている様子に悲しく感じます。

誤読と主張するのは読解力の欠如か、歪んだ自意識によるやゆと悪意、そのどれかのように思われます。

そのどれだったとしても、私はげんなりしてしまいますが。

善意の読者が入手経路を伝えることを迷惑だと言わんばかりの編集者の主張が妥当かどうか、それが一番の問題です。

そもそも著者は皆、そんな風に考えているものでしょうか。

 

違う考え方をする著者の意見

同じ意見が多すぎるので、一部だけご紹介します。

少なくとも編集者の方の意見は、著者全体の考えを代弁しているわけではなさそうです。

つまり一部の著者のお気持ちに配慮しろということでしょうか。

そうすると上記3名の著者の考えとは異なることになります。

私の感覚では気にする人の方が圧倒的に少数派で、一部の著者も説明すれば納得してくれます。

しかし先程の編集者は「著者」と主語を大きく取っています。

そもそも主張が反発される可能性を含んでいることを、当の編集者が気づいていないことが一番の問題かもしれません。

 

編集者への反論の声

その編集者の無自覚を、冷静に指摘している人がいました。

どストレートの正論すぎますね(笑)

もしかしたら指図なんかしていないと反論されるかもしれません。

しかし当初のツイートを読むと、明らかに迷惑な人扱いしていることは動かしようがありません。

確かに指図はしていませんが、出版社を背負っている立場で発信していたら、その権威をバックに同調圧力が働きがちです。

そしてSNSでは更にレバレッジがかかります。

そのあたりはリテラシーの問題かもしれません。

私が上司だったら、この編集者を注意したと思います。

当人がそう思うのはかまわないが、それだったら会社の名前が出ない個人アカウントでやってくれと。

炎上しそうな話題を出版社を背負ったアカウントで発信すべきではありません。

 

読者はどこまで気を遣うべきなのか

しかしそれでも入手経路を言わないにこしたことはないという意見もあると思います。

そんな私も言わない派です。

しかし私は別の理由でそういう立場を取っています。

私は入手の経路によって「微妙な空気」を作り出してしまう残念な著者がいることを知っていますから。

お客様は神様ではありませんが、同時に著者も神様ではありません。

著者と読者、どちらも神様ではありません。

つまりどちらかの意見を絶対視することが間違えています。

それをどうにかウィン・ウィンの状態に持っていけないか。

この記事の最後の方では、その理想に向けた提言をしていくつもりです。

 

図書館とブックオフの存在意義

まず大前提からご説明したいと思います。

図書館やブックオフは書籍文化のインフラみたいなもの。

図書館は本を買ってくれる大口顧客ですし、ブックオフは安価に本を販売しており、新刊を買えない人にとって頼りになる存在です。

自分が本を出版できるのはその土台があってこそ。

つまり図書館やブックオフで読んだ読者について、一部の著者が「微妙な空気」を醸成するいうことは、書籍文化の土壌そのものを否定しています。

一部の著者は自分を取り巻く読書文化の基盤があって初めて自分の本が読まれているという大きな視点が欠けています。

目の前の読者が図書館で読んでいようが、中古で買っていようが、読者には違いありません。

それでも自分にお金を落とさない入手経路を知って「微妙な空気」を醸し出すとしたら、読者をお金としか見ていないと言われても仕方ありません。

余裕がなく大人げない人だと思われてしまいます。

 

もっと重要な問題もある

もし図書館やブックオフが著者にとって利益にならないのだから、入手経路を伝えて「微妙な空気」を生むべきでないと主張するとしたら、先に印税率を上げた方がいいかもしれません。

多くの書籍は1冊売れても100円台、最近は100円以下ということも少なくありません。

著者の印税率は、昔に比べて低下しつつあります。

しかし印税率を1%上げただけで、著者の収入は万単位でUPします。

一方目の前の読者が図書館で読んだとしても、逸失利益は多くて百数十円。

もし印税率が11%であれば、著者はそこまで「微妙な空気」を醸し出さないかもしれません。

読者がどこで作品を読んだに一喜一憂するより、印税率を見直した方が著者にとって有益です。

もし出版社が著者に低い印税率を強いている場合は、入手経路を言うなと押しつけがましいことを言うべきではありません。

 

優秀な編集者の声

私は昔、出版社に勤務している人、編集者の友人が何人もいました。

彼らとの交流していく中で、この問題が話題に上ることがありました。

私の中ではこの問題について、既に結論が出ています。

それはつまり図書館で読まれたり、ブックオフで買ったことを伝えて「微妙な空気」を作り出す著者の方がおかしいと。

優秀な編集者は全く違う考え方をするものです。

この方は日本一有名な編集者かもしれませんが、こう仰っています。

 

優秀な編集者はどう考えているのか

私は優秀な編集者の意見を全て代弁することはできません。

しかしその一部だけ語ってみたいと思います。

彼らは図書館やブックオフをチャンスの場だと考えています。

もしそこで気に入ってもらえたら、新刊で買ってもらえるかもしれないと。

スーパーの試食は食品メーカーがわざわざお金を出して、消費者に食べてもらおうとしています。

もし気に入ったら、次回からお金を払って買ってもらえるかもしれません。

しかし図書館とブックオフで書籍が読まれる場合は、出版社と著者どちらもお金を出さないで済みますね。

ブックオフなどはお金を払って読んでくれるのですから、むしろラッキーと考える編集者もいることでしょう。

それが優秀な編集者の考え方です。

実際そう考える編集者は結果を出しています。

図書館やブックオフは、ある意味投資の機会と考えられています。

つまり最初は出版社や著者にお金が入らなくても、その本を気に入ってくれたら新刊の購買に繋がるかもしれません。

そう思わせる良い本をつくりたい。

彼らはそう考えています。

 

音楽でも問題は同じ

私は新品のCDやレコードばかり買う音楽マニアに会ったことがありません。

音楽マニアは、中古でCDやレコードを買う人が多いように思います。

しかし同時に中古で買う音楽マニアは、新品CDの優良顧客でもあります。

つまり中古市場は、新品で買う優良顧客を醸成している場といえるかもしれません。

おそらく先日発売したブラーの新作も、過去作品を中古で買った人が多いと思います。

しかし昔中古CDで買って気に入った人が、率先して新作を買うものです。

自分を含めて最初は中古で買って、その後新作を買う購買行動に繋がることは一般的といえます。

先程優秀な編集者は図書館やブックオフで読まれることを、チャンスと考えていると書きました。

音楽でいえばこういうことです。

 

そういう著者は出版不況の中生き残れるのだろうか

図書館やブックオフを入手経路であることを伝えると「微妙な空気」になることを編集者が追認する。

それは土壌を育てないということに他なりません。

そもそもの話、そんな考え方をしていて、どうやって著者や出版社は儲けようというのでしょうか。

今の時代書籍は儲かりません。

本が売れない時代、1冊売れても著者の収入は微々たるものです。

目の前の読者がブックオフで買ったことを伝えたぐらいで、「微妙な空気」が流れる狭量な著者はそんな冬の時代で生き残れるのでしょうか。

私は淘汰されると考えています。

思えば書籍にお金が落とされることが普通だった昔は、とても良い時代でした。

しかし今の出版不況はそんなやわな足では渡り切れません。

 

もの申す編集者ほど実績を上げている

私が知っている範囲でいえば、優秀な編集者ほど著者にはっきりもの申しています。

もちろん著者との力関係がありますので、絶対的な人気を誇る著者の場合は別の話です。

売れることが見込まれる著者の場合は、印税の配分すら著者に有利になりますから。

そうするとその分出版社側の収入も少なくなります。

しかし出版社はどこかで利益を取らないといけないので、一部の人気の著者以外では印税の配分を出版社に有利に見直しつつあります。

そんな出版社側に不利な状況にあっても、できる編集者ははっきりもの申しています。

実績を上げている編集者ほど、そういう傾向があります。

 

再び、入手経路を言うなという声

こんなことを仰っている方がいました。

この方も編集者の方と同じく本質的な問題をスルーしています。

それは著者が図書館やブックオフで購入したという入手経路を言うことについて、言わなければいいだけと肯定していること。

その大人げない著者の考えを肯定しています。

もしブックオフで書籍を買った人が著者に会う機会があったとします。

では善意の読者は著者に入手経路を伝えたらいけないのでしょうか。

タブー視したり、地雷を踏まないように気を付けなければいけないのでしょうか。

この問題で多くの人がモヤモヤした気持ちを表明しています。

この方にはそうした多くの人のモヤモヤの源泉が見えていないように思います。

 

他の業界に置き換えてみた

書籍は聖域ではありません。

たとえばある工具メーカーの人がある愛用者から、その会社の工具をメルカリで安く入手したと伝えてきたとします。

そのお客様の声に工具メーカーの社員が「微妙な空気」を漂わせたとしましょう。

その社員は社会人として失格です。

入手経路に関係なく自社のユーザーに素直に感謝できない時点で、社会常識のない人だと思ってしまいます。

生産者に対価が発生しようがしまいが、自分の工具を使ってくれていることに感謝すべきではないでしょうか。

今回の編集者は入手経路によって「微妙な空気」になるから、読者は配慮してほしいと言っています。

それでもメルカリで買ったことを伝えるべきではないとし、不機嫌な態度を許容すべきでしょうか。

多くの人がこの問題についてモヤモヤするのは、編集者がそういう非常識を追認しているからかもしれません。

図書館や中古で買ったことを地雷扱いする発想に、私はめまいがする思いです。

 

微妙な空気をつくり出すことの是非

編集者は著者が「微妙な空気」になるから入手の経路を伝えるべきではないと仰っています。

しかしそれを善意の読者に伝えることは有益な結果をもたらすでしょうか。

私はむしろ逆にこの編集者のツイートこそが、「微妙な空気」をつくり出したように思います。

この編集者は一般社会の非常識を、なんとも無邪気に発信しているのだなと感じます。

それどころか「本当にめちゃくちゃいる」と小馬鹿にする始末。

この件の本質的な錯誤は図書館で買ったり、中古で買ったことで作者に直接金銭的対価が入らないというだけで、著者が読者を選別することを正当化していることです。

しかし著者に直接お金が落ちるかどうか、読者からしたら全く関係ありません。

それどころか善意でそう言っている可能性が高いです。

読者は読者です。

入手経路によって一喜一憂する著者の方が間違えています。

 

読者や編集者はどこまで著者に気を遣えばいいのだろう

図書館は出版社にとって大口の優良顧客です。

そして書籍文化を支える上でとても重要な存在です。

しかし著者の中にはそんな図書館の存在を苦々しく思い、編集者にブツブツ文句を言う人すらいます。

自分の収入の邪魔になるものは排除し、印税に直結しないものはすべて否定すべしと。

今回の問題も同じレール上にあります。

今回の件で編集者の方は、図書館で買ったことを著者に言わないように訴えています。

編集者は大人げない著者に配慮するよう、顧客である読者に迫っています。

先程の例でたとえると、工具メーカーの人が中古で買ったことを言わないように配慮すべしと主張したら、どう思うでしょうか。

私はこの編集者の方が商売人になりきれていないように思います。

 

ビジネスに徹しきれていないという問題点

本を売ることはビジネスです。

この編集者の方は読者より著者に偏重しすぎているかもしれません。

社会一般の常識とは異なる著者の意見に寄り添いすぎています。

その著者の本音は美しくありません。

加えてビジネス的に合理的でもありません。

読者は読者と平等に接することができず、入手経路によって一喜一憂するメンタルそのものがセコくて残念といえます。

そんな著者に一方的に擁護する編集者も同じです。

そもそもお客様が善意で入手経路を伝えることを、わざわざ地雷のように言う必要はあったのでしょうか。

先程ご説明したように売れる著者や編集者は、根本から発想が異なりますし。

 

売れない編集者ほど著者に迎合する

もし間違えた考え方をしている著者がいたら、編集者が違うと伝えるべきです。

ちなみに現場をご存じない方は、編集者が著者にそんなこと言えるわけがないと思うかもしれません。

しかし現実は異なります。

ドル箱の著者に対する時は別ですが、ほとんどの現場では、編集者は著者にかなり強気でもの申すことがあります。

実力のある編集者であればあるほど。

彼らはこうすれば売れるというイメージを持っていますので、著者に対して率直に自分の意見をぶつけるもの。

そしてその本の価値と売れ行きを左右する決定的な仕事をします。

このままでは売れないと思った編集者は、言い方を考えながらも、著者に異論を突きつけます。

入手経路を言わないように発信している編集者は、売れない著者におもねる傾向がある。

それが現場を見てきた者としての感想ですが、業界の方は私の意見を覆せるでしょうか。

 

ではどうしたらいいのか

それは読者と良好な関係を構築すること。

そもそも微妙な空気を醸し出す著者は、読者との良好な関係を構築できているでしょうか。

一部の著者はむしろ逆の行動を取っています。

入手経路次第で微妙な空気を醸し出したとしたら、その空気は読者にも伝わるものです。

はたしてその読者はファン化するでしょうか。

限りなく確率が低いと思われますし、むしろ優良な読者ほど離れていきます。

そしてそれを追認する編集者の方もいます。

誰も幸せになれない選択肢を取っておきながら、どうやって売り上げを伸ばそうとしているのか謎かもしれません。

現実と乖離した言動をもっともらしく言っても、我々はどこにも行けないのですから。

出口はその逆のこと、つまり読者をファン化すればいいと思います。

 

プロとしてどうあるべきか

編集者は著者に配慮せよと主張しています。

しかし結果的にそれは読者を抑圧していることにならないでしょうか。

中にはそう受け取る人もいます。

言葉を生業にする人は、自分の文章が違う意味で受け取られることに無関心でいてはいけません。

それが言葉のプロとしての存在意義なのですから。

出版社で働く人は、自分の仕事について考えるものです。

ある優秀な編集者は自分の仕事はなくなっても、元々虚業だからしょうがないと言っています。

しかしその人は私が知っている中でも、特に優秀で結果を出していた編集者でした。

そんな彼は「微妙な空気」を醸し出すから、入手経路を言うのはやめましょうとは言いません。

虚業だからこそのプライドを持っています。

 

編集者のある行動

しかし今回の編集者は私が見てきた編集者たちとは異なります。

それどころかこんなツイートまでする始末です。

私は悲しく感じました。

上の本の著者はこんな文脈で取り上げて良かったのでしょうか。

上の書籍の著者はこの編集者の考え方に賛同し、その流れで自分の本が紹介されることをうれしいと思うでしょうか。

私が著者ならやめてほしいと思うでしょう。

注目されているからこの機会に自分がかかわった作品の宣伝をして、注目度を挙げておこう。

そんな浅はかな計算を感じます。

この行動には編集者としての矜持、プライドを感じません。

 

中間まとめ

読者が自分にお金を落としているかどうかに一喜一憂する著者の考え方は、とても残念です。

いや残念というよりイタい。

むしろ編集者から積極的に著者にダメ出ししてしかるべきです。

肯定する人は「著者に配慮してほしいと言っているだけなのに」と言いたいのかもしれません。

しかしそれは出版業界以外では通用しない非常識です。

もし自分が中古でトヨタの車を買って、トヨタの社員が微妙な空気を漂わせたらどう思うでしょうか。

それどころか入手経路をトヨタ社員に言わないように配慮してほしいと訴えたとしたら。

書籍だって特別ではありません。

肯定する人は恥ずかしいことを言っているのだと意識した方がいいと思います。

作者側は中古は当然とビジネス的に割り切って、その状況をどう前向きに繋げるか考えた方がいい。

それは入手経路に関係なく、読者に感謝の気持ちをまっすぐ伝えること。

そして感想を聞いて今後の糧にすること。

著者はその読者と一緒に写真に撮られるよう持っていけたら、よりベターです。

もしかしたらTwitter、インスタ、FBなどで拡散されてバズるかもしれませんから。

現に売れる編集者はそういう発想をしています。

 

目先の利益ではなく逸失利益が大切

微妙な空気を出したら、読者も不穏な空気を読み取って気まずい空気のまま終わりです。

読者は自分が歓迎されていない空気を察知し、新刊が出ても買おうとはしないでしょう。

そして今回の編集者は、著者が不快に思うのだから入手経路を伝えるべきではないと苦言を呈する始末。

著者と編集者は商売人として失格です。

人の読解力を見くびる人には想像もつかないような鋭敏な感覚の持ち主がいるものです。

著者と編集者は、その前提で読者と接した方がいいと思います。

もし著者が感謝の気持ちを伝え握手を求めたら、その不幸の連鎖は断ち切れます。

そんな大人の対応ができない著者と編集者は、図書館で読んだ読者をファン化できず、それによって生まれる機会損失が見えていません。

問題は目先の小銭を気にするあまり、逸失利益を想定できないのは想像力の欠如かもしれません。

 

忌野清志郎だったらどう思っただろうか

もし忌野清志郎が中古でCDを買ったことをファンから伝えられたとして、微妙な空気を出したでしょうか。

極貧生活を経験しているのに、目先の利益では動かなかったあの男が。

私はそんなことありえないと思います。

彼はアルバムの出来不出来を超えて、お金を落としたいと思わせてくれる人でした。

新作で買って外したとしても、全然かまわないと思わせてくれました。

ファンは彼が損得だけで動く男ではない、打算では動かないことをよく知っています

井上陽水などと同じく、本質的に彼はボヘミアンです。

男から見ても惚れ惚れするかっこいい男でした。

 

問われるのは人間力、そして人としての魅力

私は新作を買うことによって忌野清志郎という男に1票を投じただけで、充分満足でした。

逆にアーティストはリスナーにそう思わせたら勝ちです。

私は今回のツイートを読んで悲しく感じたのは、そういういくつかの例との落差を感じたからです。

キヨシローはSNSのない時代に行動を通じて、ファンに自分が何者かを伝えました。

現在レーベルや音楽事務所が新人バンドを募集する時、SNSのフォロワー数を条件にしていることがあります。

それはフォロワー数が多いアーティストは、CDが売れると考えられているからです。

キヨシローの時代より、アーティストの人となりを発信しやすい時代です。

図書館やブックオフで買ったと申告する読者に「微妙な空気」を醸し出す著者は、そんな時代を味方に付けられるでしょうか。

問われるのは人間力、そして人としての魅力です。

編集者は目先の小銭に左右されず大きな利益が取れるよう、商売人に徹する必要があります。

 

結論

ここまで書籍の話をしてきましたが、音楽でもまた同じです。

実際以前中古で買ったことに対して、苦言を呈したアーティストがいましたから。

あるバンドのメンバーが中古でCDを買ったファンを小馬鹿にするツイートを見たことがあります。

音楽ファンも対岸の火事ではありません。

この記事は編集者、著者、アーティストに向けて書きました。

もしかしたら書籍や音楽の文化を守っているつもりで、しかし自らの言動によって業界の衰退に加担していないか、考える一助になればうれしいです。

書籍や音楽を愛する人が大人げない主張をすることによって、読者とリスナーを抑圧し、結果的に愛する文化を衰退させようとしている。

そんなブラックジョークな世界は回避すべきだと思います。

最後にキヨシローと矢野顕子の曲をご紹介して終わります。

ここには図書館や中古で買ったことを言うなという世界とは全く別の世界があります。

ひとつだけ / 矢野顕子・忌野清志郎
 
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