この記事では、時々話題になる音楽ジャーナリズムの炎上事例を取り上げます。
それら炎上の根底には、一部の人のイキリオラつき体質があり、その悪癖が現在も若手に受け継がれていると問題提起するつもりです。
普段の私は負の側面を強調した文章は書きません。
しかしここではあえて影の部分に焦点を当てて、最終的には前向きな提案に持っていければと考えています。
- 1 1章 田中宗一郎氏(タナソウ)の炎上事例
- 2 2章 和久井光司氏の炎上事例
- 3 3章 一部音楽ジャーナリズムのイキリオラつき体質
- 4 4章 編集者の責任
- 5 5章 照沼健太氏の炎上事例
- 6 6章 荒れるリプ欄
- 7 7章 伏見瞬氏の炎上事例
- 8 8章 私の立ち位置から言いたいこと
- 9 9章 なぜ洋楽ファンというだけで、ここまで否定されなければいけないのか
- 10 10章 炎上後、有料記事に誘導
- 11 11章 伏見瞬氏がリポストした投稿内容
- 12 12章 リポストした投稿の論理破綻
- 13 13章 大衆はインフルエンサーの言うことを信じやすいことにしたいという病
- 14 14章 音楽批評を面白くできるのは俺だけ
- 15 15章 常に自分が正しいとは限らない
- 16 16章 みのミュージック氏はオープンの場で議論
- 17 17章 時に沈黙は言葉以上に強いメッセージを持つ
- 18 18章 再びタナソウの考え方
- 19 19章 自分にとって不利益にならないよう現実的に判断してほしい
- 20 20章 最終的には羞恥の問題かもしれない
- 21 21章 音楽ジャーナリズムに一石を投じたい
- 22 22章 てけしゅんの2人に伝えたいこと
- 23 23章 最後に雑感
- 24 24章 1曲ご紹介
1章 田中宗一郎氏(タナソウ)の炎上事例
私がこの問題を意識するようになったのは、田中宗一郎氏(以下、タナソウ)や和久井光司氏の炎上からです。
過去の事例から教訓を得るために、まずタナソウのポストを振り返ってみましょう。
発売日にFM雑誌買って
めぼしい番組にマーカーで線を引いて
放送時にカセットにひたすら録音😬学校のクラスメートや後輩、
同じ学年の友達じゃないやつにも
レコード買わせて
それでも手に入れられないレコードは
レコード屋で万引き🤫
https://x.com/soichiro_tanaka/status/1863094395547062647
レコードが死ぬほど欲しくて
万引きした経験のない同世代の連中は
基本的に信用してません😊
https://x.com/soichiro_tanaka/status/1863097004337016879
この2つのポストには、多くの批判が集まりました
その全てをご紹介することはできませんが、主だった反論は以下のようなものです。
「そもそも万引きはダメだろう」
「ワル自慢はカッコ悪い」
「レコード店がかわいそう」
「同じ音楽ファンとして一緒にされたくない」
2章 和久井光司氏の炎上事例
次の炎上事例は。和久井光司氏のケースです。
2024年3月22日彼はフェイスブックで「ゴールド・レーベルのモノラル盤で持っていないヤツに、ビートルズを語る資格なんかないよ」と発信しました。
私はフェイスブックをやっていないので直接読めません。
Xをやっている方は、以下のポストの画像でお読みください。
https://x.com/PSYENCE1981/status/1772271122022584356?s=20
その後和久井光司氏2024年6月号のレコード・コレクターズで、再度炎上しました。
以下はそのきっかけになったポストではありませんが、この件の内容を端的に表していますので引用したいと思います。
興味のある方は、リンク先の画像で記事をご覧ください。
記事に気付いて買ったレココレ10月号だけど、これはなかなかに酷かった。SNSでオジサンたちが取り上げるレコードは古い→プロとして通用するか試したこともない癖にSNSにコピペみたいな記事を投稿するのは厚顔無恥だ。人としてアウトだ→音楽ぐらい好きに語らせろというのはプロを舐めてる→
https://x.com/andymusicwatch/status/1976409669410398396
Xのアカウントを持っていて原文を読んでみたい方は、上のリンクをクリックしてお読みください。
上の要約では伝わりにくい上から目線、そして生々しくあざ笑う様子がお分かりいただけると思います。
これらのポストは内容と同じぐらい、オラつきイキリ散らかしている態度に不快感を覚えた人が多かったかもしれません。
3章 一部音楽ジャーナリズムのイキリオラつき体質
ちなみに両者は共に謝罪していません。
私は謝罪した方が賢明だと思いますが、外から強いるようなものではないかもしれません。
私が言いたいのは、これら炎上の根底には一部音楽ジャーナリズムのイキリオラつき体質があるということです。
もちろん音楽ジャーナリズム界隈にはそういう人ばかりではありません。
以前DJとしてご一緒させていただいたロッキング・オンの方は、そういう姿勢とは無縁どころか真逆の方でした。
しかし一般社会ではなかなか出会えないイタい人が一定割合存在しているのも事実。
しかもそういう人は概してつるむ傾向にあり、音楽ジャーナリズム界隈で一定の存在感を放っています。
いわば悪目立ちしているといえるかもしれません。
この記事ではそのイキリオラつき体質がどういうものか、実例としてタナソウと和久井光司氏を取り上げてみました。
今更過去の炎上を取り上げてどうすると思われるかもしれません。
しかし若い世代がこれらの炎上から教訓を得ていないように思われるため、改めて注意喚起の前提として取り上げました。
4章 編集者の責任
先程ご紹介した和久井光司氏がレコードコレクターズ誌に寄稿した文章は、SNSで音楽について発信する人をあからさまに見下した内容でした。
しかしその問題の真の罪深さは、編集者にあるかもしれません。
私は新卒の時、出版社に就職しました。
同期の中には、俺たちは選ばれし特別な人間だと考えている人がいて驚かされたものです。
編集者の中には読者を顧客と考えず、同僚と上長、あとは一部の著者ことをしか考えない人がいます。
和久井光司氏の2つめの炎上は、レコードコレクターズ誌の担当編集がOKを出したことが最も大きな問題です。
彼は記事を止めるなり、書き直しをしてもらうこともできたはずですから。
読者に毒を吐いたあの文章にOKを出した時、担当編集の中には読者が不快に思ってもかまわないという、未必の故意はなかったでしょうか。
和久井光司氏の2つ目の炎上は避けられたと思いますし、それゆえとても残念です。
ある意味、和久井光司氏は被害者という見方もできるかもしれません。
5章 照沼健太氏の炎上事例
さてここから最近の話に移ります。
先程過去の炎上を取り上げる理由について、今も同じ悪癖が受け継がれているからだと書きました。
その意味で、ここからがこの記事の本題といえます。
ここからは「てけしゅん音楽情報」というYoutubeチャンネルを運営している2人、照沼健太氏と伏見瞬氏の例を取り上げたいと思います。
2人はどちらも音楽に関する文章を書いたり取材したりなど、音楽ジャーナリズム界隈を中心に活動しています。
音楽ジャーナリズムのインフルエンサーといってもいいでしょう。
最近この2人のXが話題になっています。
まず2026年4月2日、照沼健太氏はこんな内容をポストしていました。
照沼健太氏のXより引用
サマソニ10周年も20周年も、リアルタイムのころは別にそんなに盛り上がってない。
ビヨンセは今ほどのカリスマじゃないしロックファンからは不満タラタラ、B’zも当然そう。レッチリはジョン・フルシアンテ期じゃないからオワコン扱い。
大体毎年あとから評価上がるので、基本的には観て損なしかと🤔
https://x.com/TeKe0824/status/2039714315188736455
引用ここまで
6章 荒れるリプ欄
彼はビヨンセについて、当時は今ほどのカリスマではなかったと言っています。
しかし彼女が大ヒット・シングル「Dangerously in Love」でソロ・デビューしたのは2003年で、それ以前にデスティニーズ・チャイルドの時点で既にカリスマだったと思います。
彼女はそれ以来高い人気を維持しており、私は今の方がカリスマだとする理由が分かりませんでした。
あとレッチリは「ジョン・フルシアンテ期じゃないからオワコン扱い」というのは、一体誰がどういう理由でオワコン扱いしていたのでしょうか。
そうした私の疑問を代弁するかのように、こうリプを返している人がいました。
ビヨンセは当時もカリスマだったし
レッチリもオワコン扱いはされてなかったよ
何言ってんの
https://x.com/C8CqlGHwew64790/status/2039836054359060678
それに対して照沼健太さんはこう返しています
随分ぶっきらぼうに返していますね。
それが多くの人の気に障ったのか、違う人が照沼健太氏にこうリプしていました。
あんたが見てるところ違うでしよ
レッチリはオワコンではないし。
https://x.com/momo_mwam0422/status/2039853251869515831
その意見に対して照沼健太氏は一言こう返しています。
明らかに角が立つ不機嫌そうなこのリプを見た時、私は読んではいけないものを読んでしまったように感じました。
当然のように怒りの声は燃え広がり、他にもこんな引用リポストもありました。
全然そんなことなくて草
10周年は最後に発表された復活リンプで俺含め3日間ブチ抜き参加勢多かったし女の子はカリスマビヨンセ目当てレッチリはマジでこんなチケット余ってないんか?レベルで無かったしファンもジョシュに希望しか無かったよ
この方YouTube含めたまに価値観ズレてるの気になるな。
https://x.com/Aritai___uber/status/2039775683250123224この意見について照沼健太氏はリプを返していません。
問題の本質は「意見が食い違うこと」ではありません。
自分の説明不足や意見が食い違った時、相手側の非と決めつける姿勢が問題だと思います。
7章 伏見瞬氏の炎上事例
次に2026年4月2日の伏見瞬氏のポストを取り上げます。
「洋楽ファン」って言葉、可能性を自ら閉ざしてる、しかも足元は見ていない感じがして嫌いだな。自分で名乗ってる奴は論外。
https://x.com/shunnnn002/status/2039647064393683345それに対してこういうリプがありました。
可能性てなんですか?
好きな物を聴いてるだけですよ
多分ado批判してる洋楽ファンを批判してると思いますが主語大きいです
好きな物を聴いてそれらを観たいだけ。それは邦楽ファンと変わりません。度が過ぎる物はそれは個で見て欲しい。全ての洋楽ファンに向けるような表現はいかがなものかと思います
https://x.com/HS54470879/status/2039790107662905362もう一つ同じ方からのリプがありました。
私は「洋楽ファン」です。
邦楽も琴線触れるやつは聴きます
割合だと9:1
別に邦楽批判はしません
好みじゃないだけですそれでも可能性の無い論外な人間なのでしょうか?
度が過ぎた人へ向けた物かもですが
洋楽ファンである私にも向けてるように見え非常に悲しくなりました
https://x.com/HS54470879/status/2039790107662905362それに対して伏見瞬氏は返事を返さず、続けて伏見瞬氏はこうポストしています。
日本にはない未知のなにかに惹かれて海外の音楽を聴き始めた人が、「洋楽」って言葉によって自らの居場所に充足してる。魂が老化していることに気づかず、文句ばかり垂れてる。
https://x.com/shunnnn002/status/2039648864874197371
8章 私の立ち位置から言いたいこと
最初に私の立ち位置を明らかにしたいと思います。
参考まで、私が日々noteに投稿している曲の一覧を確認できるようリンクを貼っておきましょう。
洋楽と邦楽では曲の傾向が違うこと、そして邦楽は割と新しい曲が多いことがお分かりいただけると思います。
ただ私は新しい日本の音楽にも好みの曲があるから聞いているにすぎません。
私は新しい日本の音楽の可能性は否定しません。
しかし一方で古い洋楽に新たな可能性を発見するのも同じぐらいスリリングです。
もしかしたら伏見瞬氏は「洋楽」と「邦楽」の垣根をなくした方が良い、もしくは既に現実はそうなっているとお考えなのかもしれません。
しかし私はその前提から疑ってかかった方がいいような気がします。
9章 なぜ洋楽ファンというだけで、ここまで否定されなければいけないのか
そもそも「洋楽ファン」と名乗っていても、洋楽しか聞かない人はほとんどいません。
洋楽の割合が多く、アメリカやイギリスの音楽へのあこがれから「洋楽ファン」と名乗っている人も少なからずいることでしょう。
そういう場合の人は古い音楽が好みだから、古い音楽を聞いているだけです。
それなのに「嫌い」「論外」「魂が老化」「文句ばかり垂れてる」などと、失礼な言葉で否定されるいわれはありません。
「なぜ洋楽ファンというだけでここまで言われなければいけないのか」と憤慨する人はかなり多いと思います。
それらの言葉を投げつけられた人は関係ないだろう、ほっといてくれと言いたくなるかもしれせん。
伏見瞬氏には、洋楽を楽しんでいる人の領域に土足で踏み込んで否定する権利はありません。
なぜある種の人は他人を自分より低く見て、気付いていない、勘違いしている、無知だと思いたがるのでしょうか。
だから自分が結論を教えたり導かなければと思い込み、それを否定されると被害妄想になるまでがワンセットです。
後でこの問題はもう一度取り上げたいと思います。
私はこうした他人へのかかわり方が、この記事のテーマであるイキリオラつき問題の根底にあるような気がしてなりません。
10章 炎上後、有料記事に誘導
こうした不快感を表明する書き込みに、伏見瞬氏はリプを返していません。
その代わり彼はnoteに「「洋楽ファン」という言葉をほぐす必要がある。」という記事を書きました。
私はその記事を読んでみようと思いましたが、肝心の部分は有料のメンバーシップに入らないと読めないようになっていました。
Youtubeの動画も有料メンバー限定です。
私は情報商材を売る目的の炎上商法とまでは思いません。
しかし炎上の原因をつくり、疑問を持った読者を結果的に有料会員に誘導するフローは、不信感を持たれてもおかしくないと考えます。
もちろん2人が毎回同じようなイキリ投稿をしているかといえば、そんなことはありません。
それはタナソウや和久井光司氏も同様です。
ただどの方も時々本音がかい間見える瞬間があって、それがここぞという時読者の心証を著しく悪化させているように思います。
特に伏見瞬氏の方が。
11章 伏見瞬氏がリポストした投稿内容
2026年4月2日伏見瞬氏は、以下の投稿をリポストしていました。
何回も言ってるが、「影響力があるのだから振る舞いに気をつけてほしい」とかいう言葉をインフルエンサーに向ける人は「私たちはフォロワーの数だけで発信内容の正当性や倫理的妥当性を容易に信じてしまうので配慮してほしい」と申告してることと同義である。「影響力」はない、「被影響力」があるだけ
https://x.com/haseryo_ME/status/2040078335943020943このポストの発信元は、比較的若い音楽教育学者の方です。
伏見瞬氏はこの投稿に共感したのか、リポストしていました。
この音楽教育学者の方は数冊本を出していて、広くとらえた場合は音楽業界のインフルエンサーといえそうです。
ここでは投稿者の名前は出しませんが、それはできるだけこの問題に巻き込みたくないからです。
ただこのポストは伏見瞬氏の考え方を読み解く上で大変有意義だと思い、文面を引用させていただきました。
12章 リポストした投稿の論理破綻
先程のポストには明らかな論理の飛躍があります。
なぜ「影響力があるのだから振る舞いに気をつけてほしい」が「私たちはフォロワーの数だけで発信内容の正当性や倫理的妥当性を容易に信じてしまう」になるのか、意味が繋がっていません。
私は「影響力が高い場合は振る舞いに気をつけてほしい」と思う1人です。
しかしインフルエンサーの発言がうのみにされるという理由から、発言に気を付けてほしいと思っているわけではありません。
私はインフルエンサーだからといってその言動を妄信しませんし、だからこそこんな記事を書いています。
それは私以外の方も同じです。
もしインフルエンサーの投稿を信じやすいのならば、なぜタナソウや和久井光司氏に、あれほど多くの批判が寄せられたのでしょうか。
ちなみにタナソウの炎上は、2つのポストを合わせてインプレッション2080.8万、リポスト7805、コメントは1203ですが、ほぼ全てが批判一色でした。
私の感覚ではインフルエンサーの意見を鵜呑みにする場合より、ちょっとしたことで批判されるケースの方が多いように感じます。
その意味でインフルエンサーはお気の毒とさえ思います。
13章 大衆はインフルエンサーの言うことを信じやすいことにしたいという病
影響力のある人は拡散力も大きくて、そのためインプレッションも多いのが通常です。
たとえば大型旅客機を操縦するパイロットは、多くの乗客を乗せているからこそ、健康管理には人一倍気を付けるように言われます。
それと何ら違いはありません。
もし発信内容に問題があったら、インプレッションに比例して悪い影響も広まりやすいので、そのリスクを考えると発信には気を付けた方がいいというだけです。
普通の論理ではそうなると思いますが、何がこのポストの論理をゆがめてしまったのでしょうか。
先程のポストは「大衆はインフルエンサーの言うことを信じやすい存在ということにしたい」という願望を前提にして、初めてつじつまが合います。
もちろん中には信じやすい人がいるのも確かです。
しかしそれは悪い影響が広まった場合のリスクの一部にすぎません。
先程申し上げたように、インフルエンサーだからこそ逆に疑う人も少なからずいて、その場合両者は相殺されます。
先程イキリオラついた人はつるんで集団になると書きました。
私は伏見瞬氏がこの投稿をリポストしたことに、その典型例を見る思いがします。
問題はその集団内でイキリオラつき体質が温存され、次世代へと継承される場になっていることです。
14章 音楽批評を面白くできるのは俺だけ
先程のリポストに関連して、今度は伏見瞬氏のポストを引用します。
音楽批評を面白くできるのは俺だけ。後の誰も信用すんな。
https://x.com/shunnnn002/status/1765699322614894991まるで「黙って俺についてこい」とでも言いたげですね。
こういうイキった言い方が全部間違っているわけではなく、たとえば格闘技の世界では問題ありません。
それは格闘家がイキリオラついても、そういうものという暗黙の了解がファンとの間にあるからです。
しかし音楽ジャーナリズムは違います。
最もプロレスの世界に近そうに思われたタナソウですら、前述のように大炎上したのですから。
音楽批評を面白くしたいという志は好ましいと思います。
しかし「面白くできるのは俺だけ」とか「後の誰も信用すんな」とは、自分以外を見くびりすぎではないでしょうか。
他者を下げて自分の力を誇示するところに、私はイキリオラつき体質を感じます。
15章 常に自分が正しいとは限らない
なぜこういう人たちは他人を無知だとか無力などと思いたがり、自分が導かなければと思おうとするのでしょうか。
何かを成し遂げる前に大言壮語したとしても、後でその言葉にふさわしい結果を残して証明しなければいけません。
そうしないと言行不一致となり信用されません。
しかしこのポストから2年経過した今、伏見瞬氏は主に批評をnoteの有料会員向けばかりに書いています。
私は無料で書くべきと言いたいのではありません。
しかし伏見瞬氏は「音楽批評を面白くできるのは俺だけ。後の誰も信用すんな。」と大風呂敷を広げました。
普段は有料でもいいと思いますが、今回のように不信感を持たれてしまった場合、なるべく門戸を開けて説明したり議論した方が良いように思います。
なぜなら常に自分の意見が正しいとは限りませんから。
当然ながら自分の方が間違えている場合もあります。
特に今回のような賛否が分かれている場合は、自分の結論を伝えて終わりではなく、そこがスタート地点ではないでしょうか。
16章 みのミュージック氏はオープンの場で議論
一方現在若手音楽ジャーナリズムの筆頭といえるみのミュージック氏は、自らのYoutubeチャンネルで批評動画を無料公開しています。
中には33万再生された反響が大きい動画もあります。
批評動画の内容には賛否両論が寄せられていますが、様々な意見があるのはオープンの場だからこそ。
私は自分に寄せられた批判に対して自分の意見を動画で説明する、その姿勢がとても誠実だと感じます。
先程取り上げたてけしゅん2人のポストは、炎上したと言ってもいいと思います。
照沼健太氏は当初リプを返していましたが、その後は沈黙。伏見瞬氏は有料会員だけに自分の考えを伝えました。
つまり伏見瞬氏は、有料会員以外は放置してもかまわないと判断したに等しい。
長い目で見た場合、その判断は良からぬ方向に影響するかもしれません。
人気商売は、ステークホルダーとの間で長期安定的に良好な関係を築くことが重要ですから。
17章 時に沈黙は言葉以上に強いメッセージを持つ
とはいえ私は説明責任をはたせと言いたいのではありません。
どうふるまえばいいか冷静に考えて、現実的に立ち回ってほしいと思っているだけです。
不信感を持った人を放置すると、中には「お前らには理解できないが、お金を払ったら説明するのはやぶさかではない」みたいに悪意のメッセージとして受け取る人も出てくるでしょう。
照沼健太氏のポストは76万インプレッションで、それに反発したフォロワーのポストも1万インプレッションを超えています。
また伏見瞬氏は2つのポストを合わせて7.5万インプレッション。
両者の普段のインプレッションと比較しても、かなり大きな数値です。
影響力は良くも悪くもレバレッジがかかります。
だから先程私はインフルエンサーは言動に気を付けた方がいいと書きました。
時に沈黙は言葉以上に強いメッセージを持つことがあります。
伏見瞬氏は以前こんなポストをしていました。
Xの感想程度って言うけど、文筆家やジャーナリストは言葉が仕事なんだからソーシャルメディアで舐め腐ったこと言ったら負けだよ。
https://x.com/shunnnn002/status/2007099200186777729かつて他人に向けられたこの言葉は、ブーメランになっていないでしょうか。
18章 再びタナソウの考え方
タナソウの考え方を理解する上で、とても興味深い記事を見つけました。
以下はタナソウの言葉のようです。
「俺のアイデンティティはヤクザ。間違っている人間」
「間違ってるけど昨日より良くありたいと努力している人間」
「中年男性がハラスメント的な発言をわざとやって怒られるという行為があるが、それも僕はやっている。ヤクザだから」
「罪を抱えていない人は現代社会にはいない。飢餓や難民への責任。正しい人がいるという感覚自体がおかしい、だから僕は間違った人間でいる」
https://chooseshimokitazawa.com/2024/12/09/848/はみ出し者が疎んじられる社会は、私も窮屈だと思います。
しかし自分は特権的に反社会的な言動を許されると考えるのはアウトです。
それは自分たちには性上納しても許される特権がある考えていたテレビ業界の体質と似ています。
こういう人は自分が性上納するのは良いが、自分の娘が性上納されたら激怒することでしょう。
もしタナソウが、俺は間違った人間だと主張する人に反撃できない状況で殴られたり、お金を取られたりしたらどう思うでしょうか。
実際の彼は「アイデンティティはヤクザ」でも、本物のヤクザよりはるかに安全です。
自分はやり返されないと高をくくり、安全圏で気が大きくなってイキる姿を見るのは、いささかしんどいです。
19章 自分にとって不利益にならないよう現実的に判断してほしい
一般社会で顧客層を挑発しイキリ倒す会社員はいるでしょうか。
私は同調圧力とか、モラルを振りかざしたいのではありません。
自分にとって不利益にならないよう、現実的に判断してうまく立ち回ってほしいだけです。
社会に出れば、自分が悪くなくても謝罪することはいくらでもあります。
しかしそれでもみんな謝罪するのは、会社を背負っていたり、自分に不利益が及ばないよう考えてのこと。
会社でイキる人や絶対謝らない人は短期的にはしのげても、中長期では悲惨な結末を迎えるものです。
絶対挨拶しない人も同様。
会社でイキっている人が少ないのは、軋轢を生みやすく無駄にハードモードになるからです。
イキり散らかす人が生き生きできるのは、ブラック企業だけではないでしょうか。
ブラック企業以外でイキリオラつく人は、必ずどこかでつまづいて致命傷を負うような気がします。
20章 最終的には羞恥の問題かもしれない
あとこのイキリオラつき問題は、最終的に羞恥の問題なのかもしれません。
こういう言動を見かける度私は、自分がイタいことに気付いてほしいと思います。
たとえばあおり運転を自慢している人がいたら、周囲からはどう思われるでしょうか。
タナソウは万引きしたことを自慢し、同世代で万引きしたことはない人は信用できないとあおっていました、
こういうイキリやオラつき、無反省は、自分がDQNであることを自己紹介しているようなもの。
なぜ読んでいるこちらが身もだえしなければいけないのか。
イキリやオラつく人にもの申したくなるのは、見ているこちらが恥ずかしくなる共感性羞恥ゆえかもしれません。
先程のタナソウの言葉を読んだだけで、私は羞恥心をくすぐられました。
またてけしゅんの2人が炎上した時のリプを読んだ時も、それに近いものを感じました。
そんなことを言えてしまえるのかと。
21章 音楽ジャーナリズムに一石を投じたい
この記事で私は何人かの人に苦言を呈しました。
しかしそれは個人を叩きたいからではありません。
私は個人ではなく、一部の音楽ジャーナリズムの体質に問題があると思っています。
特定の個人ではなく、それを許容してきた業界の体質が問われるべきかもしれません。
しかし業界の中から異を唱えることは容易なことではありません。
なぜなら日本の音楽ジャーナリズムは意外と狭い世界で、異論の声を上げたらその後の仕事に悪影響が出ます。
だからこそ業界の事情を少し知る私のような部外者が声を上げた方がいいと思いました。
ただ蓮見重彦氏の考え方を援用すれば、こういう時最も傷つき反省するのは、最も良質な人です。
絶対そんなことをしない人だけが反省するものです。
一方イキリオラつく人に限って、都合が悪くなるとダンマリを決め込むか逆切れするばかりで、多くの場合変わることはできません。
しかし誰かがダメ元でアドバイスした方がいいかもしれません。
私は以前から、誰かが指摘した方がいいと思っていました。
22章 てけしゅんの2人に伝えたいこと
私のこの記事で取り上げた誰かからの反応がほしくて、この記事を書いたわけではありません。
以前伏見瞬氏は、相手にしないのが一番というような内容をポストしていました。
私は忠告したかっただけなので、この記事を読んでいただいたとしても、そうしていただければと思います。
もちろん必要であれば議論を回避しようとは思いませんが。
2人はまだ若く、未来に可能性を秘めています。
もしこのままイキリオラつく体質が抜けなかったら、多くのものを失うかもしれません。
私は今後ハードモードの人生にならぬよう、虚心坦懐にアドバイスしたつもりです。
2人には音楽の発信者として素質があるので、つまずきさえしなければ未来は明るいはず。
荒い運転をする人が、長い人生を無事渡りきる確率はいかほどのものでしょうか。
くれぐれも早めに軌道修正していただき、今後足元がすくわれないよう願っています。
一部の音楽ジャーナリズムで自明とされる反社会性に抗うことこそが反体制であり、最先端の音楽と拮抗しうる真のラジカルです。
23章 最後に雑感
今回この記事を書いたことで、私も多くの批判にさらされるかもしれません。
しかし誰かを批判すれば自分も批判されるのが道理。
私は殴られる覚悟なしでリングに上るつもりはありません。
しかし心の中に葛藤があるのも事実。
以前私は、以下の記事がかなり大規模にバズったことがあります。
寄せられた反響の多くは好意的な意見ばかりだったにもかかわらず、私は対応に追われて疲弊し、本業にも支障が出るほどでした。
本来私はバズよりも平穏であることを好む人間です。
この記事はそこまでの反響はないと思いますが、また同じ轍を踏みにいった自分に正直とまどいつつ、この記事を終えようとしています。
その意味で私もまた誰かの羞恥を喚起するイタい人なのかもしれません。
最後にXなどでコメントをいただいても、時間等の制約によりお返事できない場合があります。
個別にリプができず返信の必要があると判断した場合は、Xかこのサブ・ブログで発信するつもりです。
この長文を最後まで読んでいただいたことには感謝しかありません。
その意図はないとはいえ、読者の方の気分を害したとしたら、心よりお詫び申し上げます。
私は業界外の人間ですが、音楽ジャーナリズムに携わる人の中には有能な人、善良な人がいることも知っています。
この記事が音楽ジャーナリズムのより良い未来に向けて捨て石になれば幸いです。
24章 1曲ご紹介
もしお時間が許せば、以下の曲をお聞きください、
長い文章を読んで減ったライフが少し回復するかもしれません。
—————————————–■メイン・ブログ
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